「24時間働けますか」と、寝る間も惜しんで働くことをもてはやしたのは今や昔。睡眠不足は、仕事の能率・生産性を低下させ、事故や病気を誘引するなどさまざまな悪影響が指摘されている。適切な睡眠を取ることは誰にとっても大事なことであるという共通認識が持たれるようになっている。
しかし、日本人の平均睡眠時間は経済協力開発機構(OECD)加盟国中最下位で、多くの人が十分な睡眠をとれていないのが現状だ。さらに、不眠などの症状に悩んでいても、どの診療科にかかればよいか分からない医療アクセスの悪さも指摘される。
こうした状況を改善すべく、厚生労働省は「睡眠障害」を正式な診療科名として加えるかの検討を開始した。国民の健康と生産性の向上に向け、睡眠医療の体制整備がようやく本格的に動き出す。
OECDの2021年の調査によると、日本人の平均睡眠時間は7時間22分。加盟国中最下位で、全体平均より1時間以上短く、日本は「睡眠不足の国」といえる。睡眠不足は、個人の仕事や学業のパフォーマンスが落ちるだけでなく、社会全体にも悪影響を与える。
米・シンクタンクのランド研究所が16年に公表した調査によると、日本人の睡眠不足による経済損失は年間1380億ドルにのぼる。1ドル150円で換算すれば約21兆円で、25年度の一般会計予算約115兆円の約2割に相当する。
また、国民健康・栄養調査(19年)によると、「寝つきが悪い」「夜間、睡眠途中に目が覚めて困った」など、なんらかの睡眠の問題を抱えている人は5人に1人にのぼる。日本人は睡眠時間が短いだけでなく、睡眠の質もよくないようだ。
米大リーグの大谷翔平選手が「10時間眠る」「しっかり睡眠を確保することがいいリカバリーにつながる」と話し、睡眠を大事にしていることはよく知られる。実際、睡眠には疲労回復だけでなく、「ストレス緩和」「エネルギーの保存」「免疫機能増加」「記憶の固定」などの役割がある。
一方で睡眠不足や不眠は、がん発症率の増加、高血圧、糖尿病など生活習慣病、うつ病や肥満の誘因・増加、認知症の誘因など多くの病気と関連することが明らかとなっている。つまり、睡眠の改善がこうした疾患の発生を防ぐことにつながる。
また、スリーマイル島やチェルノブイリの原子力発電所事故やスペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故など重大な産業事故の背景に、スタッフの睡眠不足による操作ミスや疲労があったことが指摘されている。
睡眠障害は、睡眠に関する病気の総称。寝付きが悪いなどの「不眠症」、睡眠時に呼吸が何度も止まる「睡眠時無呼吸症候群」、夜に寝ていても日中に眠気に襲われる「過眠症」などがあり、日常生活に支障が出る場合が多い。
原因や症状はそれぞれ異なり、症状によって治療法も変えなければならない。個人差もある。日本では現在、精神科や呼吸器内科など幅広い診療科で診察が行われているが、個人の症状に合った診療ができているのかは疑問が多く、「受診先をみつけにくい」といった声も聞こえる。
医療アクセスの向上を目指し、日本睡眠学会は今年4月、標榜可能な診療科名に「睡眠障害」を新たに加えるよう厚労省に要望書を提出した。これを受け、厚労省は9月、医道審議会の診療科名標榜部会を開催し、診療科名に睡眠障害を追加するかの検討を始めた。
内科や精神科などと組み合わせ、「睡眠障害内科」「精神科(睡眠障害)」などと掲げることを想定する。睡眠に関連した症状や悩みのある患者はまず、こうした専門科を受診することを選択できるようになる。筆者は同部会の委員を務めている。