――VTuber*1グループ「ぶいすぽっ!*2」のガイドラインに違反した二次創作について、2千万円という多額の示談が成立したことが注目を集めました。この示談では、250万円を支払えば残額を免除するという条項もあったようです。この事例における損害賠償額の算定根拠と示談内容について、法的観点からどのように解釈されますか?
「ぶいすぽっ!」の件は裁判となる前に和解した例ですので、どうやって2千万円が算定されたかはわかりませんが、せっかくですので、著作権侵害における損害賠償額の算定一般についてお話ししましょう。著作権法では、損害額を推定する方法が114条に規定されており、大きく3つの考え方があります。
1.侵害がなければ権利者が得られたであろう利益(著作権法114条1項):侵害行為、例えば「海賊版の販売」がなければ、原作者がその分売上を伸ばすなどして得られたであろう利益を損害と推定する方法
2.侵害者が得た利益(著作権法114条2項):侵害者、例えば違法な二次創作者が得た利益をそのまま権利者の損害と推定する方法
3.ライセンス料*3相当額(著作権法114条3項):もし権利者が侵害者にライセンスを与える際に求めるライセンス料(ロイヤリティ)を損害と推定する方法(「違法行為をしても結局正規ライセンス料を払えばよい」とはならないよう、侵害行為があったことを前提としてライセンス料を請求する場合の額、つまり通常のライセンス料よりは高額になることが想定されている)
権利者は通常、自分に最も有利な算定方法を選択して交渉や訴訟を進めることになります。「ぶいすぽっ!」の事例では、示談内容こそ公開されていますが、具体的な算定方法は明らかにされていません。ただ、2千万円という金額からは、侵害者側はイラストの販売により相当な利益を得ていたことも推察されます。
――今回のように「一部の支払いで残額免除」というケースはよく見ますが、これはなぜなのでしょうか?
示談で「一部を支払えば残額免除」という条件が付く理由は、お金の回収可能性を考慮したものでしょう。債務者に全額を支払う能力がなかったり、強硬に請求すると支払わなくなる可能性があったりするときに、一部を払い切れば残額免除という条項を設けることで、少額でも確実に回収しようという判断です。
今回で言えば、もし250万円の支払いを怠った場合には2千万円まで請求できる権利があるので、債権者はプレッシャーを与えられます。
また、債務者にとっても「これだけ支払えば解決する」というメリットがあるので、なんとか金策をして払い切るインセンティブが生まれます。これは著作権侵害による損害賠償に限らず、金銭支払に関する和解ではよく取られる手段の一つです。
ただ、示談内容を公開することは比較的珍しいケースです。示談成立時には示談内容について守秘義務が約束されることも少なくありません。特に責任の有無に争いがあると、債務者側としては、高額の示談に応じたことが明るみに出ると「責任があるから支払った」と世間から思われることを嫌うはずです。
「ぶいすぽっ!」をはじめ、VTuber業界では示談の詳細金額が公開されることがあるとも聞きますが、これには運営としての対応をファン層に向けて説明する意味があるのかもしれません。
「ガイドライン違反や著作権侵害を行うと、このような高額な賠償金が発生する可能性がある」という教訓にもなりますね。今回の事例は、VTuber業界における著作権侵害・ガイドライン違反への対応が本格化していることを示す象徴的なケースと言えるかもしれません。
*1 VTuber バーチャル(Virtual)YouTuberの略称。CGで作られたキャラクター(アバター)を用いて、動画配信やライブ配信を行う配信者のこと。モーションキャプチャー技術により、演者の動きがリアルタイムでキャラクターに反映されるのが特徴。実在の人物(演者)とフィクショナルな(架空の)キャラクターの間をつなぐような存在として人気を博す。VTuberだけを専門に扱う芸能事務所もある。
*2 ぶいすぽっ! 株式会社バーチャルエンターテイメントが運営する女性VTuberグループ。e-Sportsといったゲーム領域に強みを持つタレントに特化したグループで、橘ひなの、小森めと、胡桃のあ、一ノ瀬うるはらが所属している。
*3 ライセンス料 特許や著作権などの知的財産を他者に使用許可する際に受け取る対価。使用料、実施料とも呼ばれる。
ただ、もし裁判になった場合に、今回と同じ金額の損害額となるかはわかりません。権利者側としては、裁判にまでなったのだから、弁護士費用など含め考え得る損害は請求しておこうと請求が高額化する可能性はあります。他方、それに対して裁判所がどこまでの損害額を認めるかは、損害を立証できる証拠が揃っているか次第です。
――そもそも、二次創作をめぐる著作権侵害の裁判事例や、ガイドライン違反の裁判事例は日本ではどれくらいあるのでしょうか?
既存キャラクターや世界観を利用して新たな創作をするといったことで言うと、そのような二次創作をめぐる裁判例は多くないと思います。
裁判になった例としては、20年以上前の事件ですが、『ときめきメモリアル』のキャラクターを使ったアダルトアニメを販売したことについて200万円を超える損害賠償が認められた例があります*4。
明らかな著作権侵害の場合には、裁判まで進まずに解決しているものもあるでしょう。例えば『ドラえもん』の最終話を創作し、同人誌として販売していたケースでは、権利者からの警告を受けて売上の一部を示談金として支払った事例があります*5。ただ、先ほど述べたように、示談は公開されないことも多いので、裁判に至らず示談で解決した事例がどこまであるかは何とも言えません。
二次創作のガイドライン違反が問題となった裁判例は、おそらくまだないと思われます。そもそもガイドライン制定は近年の流れですし、少なくとも従来は、権利者がファン活動に対してあまり目くじらを立ててこなかった、という文化的風潮が表れているのかもしれません。
――実在人物をイラスト化した作品を、同人界隈では「ナマモノ」と呼ぶことがあり、人気ジャンルの一種でもあります。「ナマモノ」の取り扱いにおける法的リスクについて、著作権法以外の観点から、具体的にどのような問題が想定されますか?
たしかに、タレントやお笑い芸人など実在人物を題材にした「ナマモノ」の二次創作は、著作権の問題とは異なる法的リスクがあります。
まず、名誉毀損の問題。名誉毀損とは、公然と事実を摘示して人の社会的評価を低下させる行為を指します。ただし、明らかにフィクションであると認識されるならば、「事実の摘示」に当たらないため、名誉毀損は成立しません。いわゆる「ナマモノ」と呼ばれる二次創作には、明らかにフィクションと認識されるものも少なくないでしょう。
しかし、たとえ名誉毀損が成立しなくても、「名誉感情侵害」に該当する可能性はあります。名誉感情侵害とは、社会通念上許される限度を超えて、人のプライドや自尊心を傷つける行為を指し、より主観的な利益を守る概念です。
――具体的な事例などはあるのでしょうか?
例えば、加瀬あつし氏が描いた『ゼロセン』という漫画において、愚連隊のリーダーとして登場するキャラクターが中学生に「叩きのめされる」シーンが描かれたところ、当該キャラクターのモデルにされた人物が出版社を訴えた事件があります。
この事件では名誉毀損と名誉感情侵害が争われました。判決では、漫画の読み手は当該キャラクターを架空の人物と認識し、原告が実際に愚連隊として犯罪をしているとは認識しないとして名誉毀損は否定されました。他方、愚連隊のリーダーとして描いた上、中学生に叩きのめされてみじめに横たわっている姿を描いたことについて、原告の主観的な利益が侵害されたとし、名誉感情侵害が認められました(東京地裁2010年7月28日判決)。
また、ある政治家をモデルにしたキャラクターが登場するアダルトアニメーションの裁判例もあります。アニメの内容がフィクションであることは明らかであるため名誉毀損は否定されたものの、原告をモデルとするキャラクターについては「侮辱的な性行為の様子が描かれている」として名誉感情侵害が肯定されました(東京地裁2012年9月6日判決)。
*4 ときめきメモリアル・アダルトアニメ映画化事件 ゲーム『ときめきメモリアル』のヒロイン・藤崎詩織を使った成人向けアニメ『どぎまぎイマジネーション』を無断で制作・販売した事件。東京地裁は1999年、清純なキャラクターを性的に描いた改変を「極めて悪質」と判断し、著作権侵害と著作者人格権侵害(同一性保持権)を認定。総額227万5千円(うち著作者人格権侵害による損害200万円)の賠償を命じた。東京地裁1999年8月30日判決。
*5 ドラえもん最終話同人誌問題 2005年、漫画家・田嶋安恵がネット上で広まっていた「ドラえもん最終話」の話を元に、藤子・F・不二雄の絵柄を忠実に再現した同人誌を制作し、約1万3千部を販売。原作と酷似した絵柄と内容から「藤子先生の真作」と誤解する人が続出したため、2006年に小学館・藤子プロから著作権侵害の警告を受けた。2007年、作者は謝罪し、売上金の一部を藤子プロに支払うことで和解した。
こうした裁判例から、明らかにフィクションであっても、実在の人物をモデルにしたキャラクターを侮辱的に描くことには、法的リスクがあると言えます。
――明らかなフィクションであっても、法的な危険性はあるということですね。
さらに、芸能人などの場合は「パブリシティ権」の検討も必要です。
パブリシティ権とは、社会的に影響力のある人物の氏名・肖像等の持つ顧客吸引力を不当に利用されないための権利として判例上認められたものです。
ただしパブリシティ権侵害は、この顧客吸引力を「専ら」利用する目的がある場合に侵害とされています。例えば、有名人の顔写真の販売、肖像等を用いたグッズ販売、有名人の商品広告への利用といったものはこれに当たります。これに対し、作品・商品の一部分に芸能人を登場させれば直ちに侵害というものではありません。
実際の事件を見てみましょう。元サッカー日本代表・中田英寿氏の半生を描き、表紙に本人の写真を大きく表示した書籍『中田英寿 日本をフランスに導いた男』について争われた事例です。
裁判所は、中田英寿氏の写真や氏名は利用しているものの、書籍の中心的内容は関係者のインタビューや取材活動に基づく文章であり、書籍全体としては氏名・肖像の利用は一部分にすぎないことから、原告の氏名・肖像等の持つ顧客吸引力を専ら利用したものではないとし、パブリシティ権侵害を否定しました。
判決文では、「著名人について紹介、批評等をする目的で書籍を執筆、発行することは、表現・出版の自由に属するものとして、本人の許諾なしに自由にこれを行い得るものというべきであり、著名人は、その書籍のタイトルや表紙に自身の氏名・肖像等が使われることも原則として甘受すべき」として表現の自由にも言及されています。
この裁判例に基づけば、例えばお笑いコンビのBL同人誌を有料で販売するような場合も、それ自体で直ちにパブリシティ権侵害とまでは言えないように思われますが、その同人誌の内容も踏まえ、専らお笑いコンビの氏名や肖像の力で書籍を販売しようとしているかが検討されると思われます。
――モデルとなる人物との関係で言うと、現実に存在していながら、外見はキャラクターであるVTuberって、微妙な存在なのでしょうか?
そうなんです。VTuberは新たな法的課題を提起しています。VTuberはキャラクターであると同時に、その背後には演者である「中の人」が存在するため、VTuberへの誹謗中傷が名誉毀損となるかといった問題があります。
この点について、大阪地裁2022年8月31日の判決では、VTuberに対する「仕方ねぇよバカ女なんだから 母親がいないせいで精神が未熟なんだろ」といった誹謗中傷コメントが「中の人」に向けられていること、「中の人」はVTuberのアバターを「言わば衣装のようにまとって」活動していると言えることから、当該アバターへのコメントを「中の人」への攻撃と捉えて名誉感情侵害を認めました。
こうした裁判例を踏まえると、VTuberの二次創作においても、「中の人」を直接侮辱すると捉えられる内容となると、名誉毀損や名誉感情侵害と判断されるリスクはあるでしょう。 ただし、VTuberの場合、どこまでが「キャラクター」への批判で、どこからが「中の人」への批判なのか、線引きが難しいという問題があります。
例えば「このVTuberは歌が下手」という批判は、キャラクターというよりも「中の人」のパフォーマンスに向けられたものと解釈される可能性が高そうです(この発言が名誉毀損かどうかは別として)。他方、キャラクターの「見た目」だけを批判した場合は、あくまで外側のキャラクター批判と言えそうです。
もっとも、極めて悪質な外側のキャラクター批判が続く中でVTuber活動を続けることが、「中の人」にとって大きな精神的負担となることは容易に想像されます。メタバースにおける「ファントムセンス*6」の問題のように、アバターと人格が一体化してくる中で、どこまでを法的な線引きにするかは今後の課題でしょう。
――今後、AIによる創作の普及に伴って、二次創作をめぐる著作権の考え方はどのように変化していくと考えますか?
AI普及により二次創作の制作コストが下がり、より多くの人が参加できるようになっています。法的な観点から言えば、人間が自ら制作する二次創作も、AIによって制作される二次創作も、著作権侵害か否かを判断する基準自体に基本的な違いはないでしょう。いずれにしても、創作・出力された作品が既存のキャラクターと類似しているかがポイントとなります。
ただし、AIで生成した二次創作に著作権が発生するか、という点では違いがあります。現在の考え方では、純粋にAIが生成し、人間の手が入っていない作品には著作物性がないとされています。
興味深いのは、ファン文化としての二次創作と、AI生成による二次創作の受け止められ方の違いです。長年、人間による二次創作は「作品への愛」や「ファン活動」として一定の理解を得てきました。一方、AI生成による二次創作に対しては、権利者だけでなくファンからも抵抗感が示されることがあります。
こうした状況を受け、一部の権利者はガイドラインでAI生成に関するルールを設けています。例えば「AI生成作品と人間の作品で投稿ハッシュタグを分ける」「AI使用の表示を求める」などの対応です。今後、こうしたAI生成に関するルールを設定するガイドラインがさらに増えていきそうです。
ただし、AIをあくまで創作ツールとして捉える見方もあるでしょう。AIによる制作の効率化もそうですし、AIとの対話の中で新たなストーリーの発想を得ることは、創作の可能性を広げるものとも言えます。
日本の二次創作文化は、法的には微妙な位置づけながらも発展してきました。著作権侵害となり得る行為でありながら、権利者側の「お目こぼし」によって、最近は「ガイドライン」によって、一定の範囲内で認められてきました。そうしたことから、世間では「二次創作は法的にはグレー」と一言で片付けられてしまうこともありがちです。しかし、法的にどのような線引きがなされているかを知ることも、原作者側、二次創作者側にとって必要なことに思われます。
*6 ファントムセンス VRやメタバースでアバターを通じて活動する際に、物理的には存在しないはずの感覚(触覚や痛みなど)を感じる現象。アバターと人格の一体化が進んでいることを示す事例として議論されている。