日本は「安さ」で選ばれる国に向かうのか?飲食料品の消費税減税で起こるサービス・観光業の変動、家計支援の先にある価値創造戦略

2026.06.11 Wedge ONLINE

外食・サービス産業に起きること

 飲食料品減税は家計には追い風でも、産業別には中立ではない。相対的に有利になるのは、スーパー、コンビニ、食品小売、冷凍食品、総菜などの「モノとして売られる食」であり、不利になりうるのは、レストラン、居酒屋、カフェ、旅館の食事などサービスとして提供される食である。

 日本では共働き世帯の増加や単身・高齢世帯の拡大を背景に、スーパーの総菜、冷凍食品、コンビニ弁当、ミールキットなどの中食市場が拡大してきた。農林水産省や業界統計でも、中食の利用増加は一貫した傾向として確認される。

(shironagasukujira/gettyimages)

 外食と中食はすでに一定の代替関係にあり、飲食料品減税は単に「自炊」を後押しするのではない。むしろ、時間を買う消費を相対的に支援する政策になりうる。

 日本フードサービス協会や農林水産省の資料を見ても、外食産業は回復しつつある一方、価格改定の影響を強く受けており、需要は必ずしも盤石ではない。ここに税率差の拡大が加われば、日常利用の外食ほど相対的な割高感が出やすい。

 人々がすぐ外食をやめるわけではないし、外食には接客、空間、会話、非日常性という独自の価値がある。だが、価格感応的な層ほど、中食へのシフトが起きやすいのも事実である。

 減税の本質は、家計を助けることと引き換えに、モノ消費を相対的に優遇し、サービス消費を相対的に不利にする点にある。サービス業が国内総生産(GDP)の大宗を占める日本において、この構造は軽くない。

観光への影響

 飲食料品減税の議論で見落とされがちなのが観光である。観光は本質的に「モノを買う産業」ではなく、宿泊、飲食、交通、体験、娯楽、ガイドなどのサービス産業である。飲食料品だけが相対的に安くなると、地域内で提供される食事や体験価値の価格受容に影響を与える可能性がある。

 影響の出方は一様ではない。東京や大阪のような大都市では、ビジネス需要や地元需要、訪日需要が厚く、外食自体が都市生活の一部であるため、税率差だけで構造が大きく変わる可能性は高くない。

 一方、地方観光地では「来訪者数」より「一人当たり消費単価」が重要である。旅館の夕食、地元居酒屋、観光地の食べ歩き、酒蔵見学、農家レストランなど、地域内での飲食支出が地域経済を支えているからだ。観光庁「旅行・観光消費動向調査」や「宿泊旅行統計調査」が示す通り、国内旅行では飲食費・土産代・地域内交通費の比率が高く、地域経済への波及は消費単価の大小に左右されやすい。

 ここで重要なのは、影響が訪日外国人より国内旅行者に強く出る可能性である。訪日客は、日本食体験や非日常性、円安による割安感を求めて来ており、多少の税率差で旅先の食体験を切り替えるとは限らない。それに対し、国内旅行者は価格比較に敏感で、短期旅行や家族旅行では節約行動を取りやすい。

 もし「現地の夕食」ではなく「途中のスーパーやコンビニで調達した食事」で済ませる比率が上がれば、旅行者数が維持されても、地域に落ちるお金は減少する可能性がある。つまり、飲食料品減税は観光全体よりも、国内旅行市場、特に地方の短期・反復型旅行により強く作用する可能性がある。

 さらに近年、地方ではガストロノミーツーリズムが成長戦略として位置づけられている。地域の食文化を「安い食事」ではなく、「その土地でしか味わえない価値」として売る動きである。飲食料品減税がこうした高付加価値型の飲食サービスに相対的不利を与えるなら、地域が目指す方向性とぶつかる恐れがある。

デフレマインドへ戻る可能性

 ここで問われるのは、家計支援の是非だけではない。価格を下げる政策は短期的には歓迎されるが、同時に「やはり価格は下がるべきものだ」という期待を再強化するリスクもある。