お金も健康も準備したのに、なぜ定年後に人生が狂うのか…「定年後の6月病」が教える残酷な現実

2026.06.29 Wedge ONLINE

 定年退職から数週間。待ち望んでいたはずの「自由な時間」が、いつしか重くのしかかる。朝食を終えた後、何をすべきか分からない。スマートフォンに通知は来ない。かつての部下からの連絡も途絶えた…。

 5月の大型連休明けに新入社員を襲う「5月病」になぞらえ、定年退職直後に訪れる心身の不調を「定年後の6月病」と呼ぶ声が広がっている。現役時代には想像もしなかったこの落とし穴に、日本中の男性が静かにはまり込んでいる。

 その処方箋となるのが、『定年を病にしない』(高田明和著、ウェッジ)だ。定年前からの心構えと具体策を専門家の事例とともに紹介する。

(pain au chocolat/gettyimages)

「定年初日の朝食後」に訪れる恐怖

 定年後の問題といえば、長らく「お金」と「健康」が二大テーマとされてきた。だが精神科医で多数の著書を持つ著者は、最も深刻な問題は「居場所」と「孤独」だと断言する。

 実際、内閣府の「令和7年版高齢社会白書」によれば、男性の就業状況は65~69歳で62.8%となっており、半数以上が就業している。一方で、定年後に仕事や社会的役割を失うことは生活リズムや人間関係の急変につながりやすく、退職後の「居場所」づくりは依然として大きな課題となっている。

 税理士事務所の監査部長だった59歳の楠生さん(仮名)もその一人だ。20年以上スケジュールに従って働いてきた彼は、定年を3カ月後に控えて「定年初日の朝食後、何をしたらいいのか」とパニックに陥った。趣味を見つけようといろいろ試してみたが、かえってストレスになったという。

 この状態こそが、定年後の「6月病」の入り口だ。環境の激変に脳と心が追いつけず、意欲の低下・焦燥感・孤立感が連鎖する。新社会人の5月病と構造は驚くほど似ている。

「一流企業の元部長」という肩書は、定年後には存在しない 

 県内トップの進学校、難関国立大、大手商社の部長という華やかな経歴を誇る守夫さん(62歳)は、定年後も悠々自適なはずだった。ところが今、深刻な孤独を感じている。近所の人には自分からあいさつせず、家族とも距離を置き、気づけば会社員時代の人脈もすべて途絶えていた。「孤高」を目指したつもりが、残ったのは孤立だけだった。

 「一流企業の元部長」という肩書は、定年の瞬間に消える。どれだけ輝かしい過去があっても、大切なのは"いま"どう動くか”だ。

 孤独は単なる寂しさではない。2023年にWHOは孤独・社会的孤立を世界的な健康課題と位置づけ、日本でも同年「孤独・孤立対策推進法」が成立した。高齢期の孤立は、心身の健康や認知機能の低下とも関連する。定年後の生活を充実させるには、お金や健康と同じくらい孤独にならないことが重要だ。

怒りが止まらない、暴言が出る… それは「脳の問題」だ

 大手食品会社の営業部長だった則之さん(55歳・仮名)は、目標未達のストレスから部下に手を上げ、子会社へ左遷。その後も駅員に暴言を吐いて突き倒し、降格処分を受けた。

 消費者庁「令和8年版消費者白書」によれば、全国の消費生活センター等に寄せられた消費生活相談では、65歳以上の高齢者からの相談が約3割を占めている。高齢者は消費者トラブルの当事者になりやすい一方で、電話や窓口を通じた相談・苦情の存在感も大きくなっている。また、鉄道係員への暴力行為でもっとも多い年代が60代以上というデータも存在する。

 この背景には「前頭前野の萎縮」という生理的な変化がある。年齢とともに感情制御をつかさどる前頭前野の機能が低下し、「待つ」ことができなくなる。温和だった人が定年後に人が変わったように怒りっぽくなるのはこのためだ。怒りを放置すれば認知症リスクが高まることも分かっており、座禅・瞑想・有酸素運動といった前頭前野を鍛える習慣が有効とされている。