銚子丸が「人が辞めない会社」に大転換できた訳

しかし、従業員同士で声を掛け合い励ましあう文化が生まれました。チームワークの大切さを、私自身が学ばせてもらったのです。

男性の育休なくして「採用強化」なし

小室:今年10月、菅首相が所信表明演説を行い「男性の育休」について述べられました。銚子丸では常務の堀地元さんが育休を取得されたと伺っていますが、石田社長は、堀地常務が男性として、御社で初めて育休を取られることになってどう思いましたか?

石田:正直言って、最初は驚いたし、不安もあったんですよ(笑)。私はいわゆる「昭和のサラリーマン」です。子育てはすべて女房任せにして、仕事に邁進してきたのです。働き方改革の必要性は納得しながらも、男性の育休まではやりすぎじゃないか、うちの会社にはまだ早いかなと思っていたんです。

ただ、小室さんの著書『男性の育休 ~家族・企業・経済はこう変わる~』を読んで、はじめて10人に1人の女性が「産後うつ」になっていることや、産後の妻の死因の1位が自殺であることなどを知って「男性の育休は切実な問題なんだな」と気づかされました。その頃に常務の堀地に第2子が誕生し「私が先頭に立って男性育休を取ろうと思うのですが」と打診があった。さすがに「だめ」とは言えないですよね。

小室:「大賛成」とまでは言えなかったんですね(笑)。

石田:銚子丸には子育て世代が大勢います。もし「われもわれも」と該当者がこぞって挙手したら? 店はどうなるのか? 正直、心配になりました。そして実際に、常務の育休をきっかけにして、非常に繁盛している店舗の店長が、妻の出産を機に6連休を取得したんです。

しかしその際に、店舗のメンバーが店長が不在の間にどのようにお店を回すか、皆で考えたんですね。結果は何も問題は起きなかったんですよ。そればかりか、後日、店長の奥様から「感謝しております」という御礼の言葉までいただきましてね。

小室:その言葉を受けて、石田社長の意識は変わりましたか。

石田:そうですね。素直にうれしかったです。会社としていちばん良かったのは、育休を取得したいのに言い出せず困っている従業員が水面下にたくさんいるのがわかったこと。堀地常務が勇気を出して行動に移してくれたおかげで、言い出せる風土ができたわけです。

小室:経営者は気づいてないことが多いですが、従業員の最大の離職のきっかけは、家族から「あんな会社辞めてよ」と責められることなんです。そうでなくても日々のお仕事で手一杯なのに、家庭では「育児が大変なのにどうして今日も出勤するの?」「どうしてこんな帰りが遅いの?」と責め立てられる。もはや四面楚歌で苦しくなってくる。

石田:なるほど……。

小室:そうした厳しい状況下に置かれた従業員は、どんなに好きで入った会社にでも、ネガティブな感情を抱きます。家族と喧嘩が続いて寝不足になって集中力が落ちたり、仕事中、上の空になってミスをしたりすることもあるでしょう。すると、今度はそのミスを誰かに厳しく指摘されるという悪循環が起きるのです。睡眠不足とストレス過多になっている人の脳では「偏桃体」というネガティブ感情を受け取る部分が肥大化します。そうしたことの積み重ねで離職につながるのです。

石田:それこそが大きな経営リスクですね。

小室:まさにその通りです。「育休で一時的に人が減るリスク」と、「『育休を取らせない』ことで優秀な人材が離職し、採用におけるブランディングが低下して人手不足がさらに深刻化するリスク」。どちらがハイコストでしょうか。しかも、育休には会社側はまったくコストがかかりません。育休中に給料は発生しませんし、本人には国から給付金が、企業は助成金が支給されます。実質黒字です。