湯浅教授は「卵と鶏の問題」と表現する。利用者を規制するか、開発者を規制するか。各地域の産業構造や技術力の違いがアプローチの差を生んでいる。
日本は「緩い規制」のままでいいのか
一方、日本のAI新法は「責務規定」が中心で、違反に対する制裁は存在しない。湯浅教授はこれを「日本独特の官民協調型アプローチ」と分析する。
「日本は役所が示す方針に企業が自主的に従う文化があり、強制的な規制を嫌う傾向があります。だが海外で規制強化が進むなか、日本の緩さは国際競争上の不利益につながりかねません」
特に、シリコンバレーを抱えるカリフォルニアですら厳格な規制を敷く事実は、日本にとって示唆的だ。規制を設けることで「ここまではやってよい」というラインが明確になり、むしろ開発の促進につながる可能性もあるという。
SB53は直接的にはビッグテックを対象にしているが、スタートアップにとっても無関係ではない。規制が強化されると、大企業がコンプライアンス対応に資金を投じる一方で、中小企業には「信頼性」を武器に差別化できる余地が生まれる。
投資家やVCにとっても、規制はリスクと同時にチャンスとなり得る。安全性や透明性を確保した企業は、規制を逆手にとって市場優位を築く可能性があるからだ。
湯浅教授は、今後のAI規制議論を「二つの対立軸」が支配すると予測する。
・規制撤廃派…技術発展を阻害しないことを最優先に、中国との競争で遅れを取らないことを強調。
・規制強化派…消費者の安全確保と開発基準の明確化を重視。むしろ規制によって安心して開発できると主張。
EU、日本、アメリカそれぞれの立場や産業構造によって、どちらのアプローチを取るかは異なる。だが少なくとも、規制が「技術抑制」か「健全な発展の枠組み」かをめぐる論争は続く。
最後に湯浅教授は、日本のスタートアップが備えるべき点として「規制対応」以上の課題を挙げる。
「日本はAIの著作物利用については非常に緩く、開発しやすい環境を持っています。しかし研究支援や補助金投下は乏しく、ハード偏重でソフトウェアへの投資が足りない。このアンバランスを解消しないと、米中に追いつくのは難しいでしょう」
つまり、規制だけでなく、研究開発投資、人材育成、産業戦略を総合的に見直す必要がある。
カリフォルニア州SB53は、AI規制の新しいモデルとして世界に波紋を広げている。規制は一見すると技術開発のブレーキのように見えるが、枠組みを明確にすることで企業に安心感を与え、新たな市場を切り開く可能性もある。
日本が周回遅れを脱するためには、規制緩和に頼るだけでなく、研究開発支援や戦略的投資を含めた包括的な政策が不可欠だ。スタートアップにとっては、世界の規制動向を正しく理解し、透明性や安全性を自社の武器に変えていく姿勢が求められる。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=湯浅墾道/明治大学専門職大学院ガバナンス研究科教授)