●この記事のポイント
・三菱商事が8年ぶりに一般職採用を再開。AIで事務が消える時代に、あえて「区分」を復活させた背景には、業務の高度化という現実がある。
・商社は専門性を深める「実務スペシャリスト」を、銀行は多能工化を選択。一見逆の人事戦略は、AI時代の合理性に基づく分岐だった。
・共通するのは低付加価値事務の淘汰と高処遇化。一般職は消えたのではなく、AIを使いこなす「事務職エリート」へ再定義された。
「AIが事務職を奪う」――。そんな言説が常識として語られるようになって久しい。実際、日本の大企業ではこの20年、一般職(いわゆる事務職)の採用縮小・停止が相次ぎ、メガバンクや大手生保では職種区分そのものを廃止する動きが進んできた。
ところが今、その流れに明確な「逆流」が生まれている。総合商社最大手の三菱商事が、2027年度入社から「一般職」の採用を8年ぶりに再開すると発表したのだ。伊藤忠商事もまた、一般職を「ビジネスエキスパート職」と再定義し、処遇を引き上げる改革に踏み切っている。
一方で、三菱UFJ銀行や日本生命保険のように、総合職・一般職を統合する「一本化」を進める企業も少なくない。一見すると真逆に見えるこれらの動き。しかしその底流には、AIの普及によってバックオフィス業務が「消えた」のではなく、「高度化した」という共通の現実が横たわっている。
●目次
かつて一般職は、日本の大企業における最大のホワイトカラー層だった。1990年代半ばには、大卒女性の約半数が一般職として採用されていたとされる。
しかし2000年代以降、その風景は一変する。業務の標準化、BPO(業務外注)、IT化、そしてAI導入を背景に、多くの企業が一般職採用を停止。メガバンク3行だけでも、この10年で数千人規模の「一般職相当ポジション」が統合・消滅した。
この流れを後押ししたのが、「AIによる代替可能性」という衝撃的な試算だ。野村総合研究所が公表したレポートでは、日本の労働人口の約49%が技術的にAI等で代替可能とされ、その代表例として「一般事務員」が挙げられた。
だが、三菱商事の判断は、この議論の“続き”を見据えている。AIに代替されなかった業務、そしてAI導入後に新たに生まれた業務の質的変化こそが、今回の再開の核心だ。
同じAI時代にありながら、なぜ商社と銀行で人事戦略は分かれたのか。そこには、ビジネスモデルに根差した合理性がある。
■専門性の「深さ」を選んだ総合商社
総合商社の事業は、資源、インフラ、食料、DX、スタートアップ投資まで極めて多岐にわたる。総合職は数年単位で部署や国を移動し、ゼネラリストとして育成されるのが前提だ。
一方で、契約管理、事業管理、法規制対応、会計・税務といった実務は、長期にわたる知識の蓄積が不可欠だ。三菱商事が再開する一般職は、まさにこの領域を担う。
人事・労務コンサルタントの松本祐樹氏は、こう解説する。
「商社の一般職は、もはや“補助業務”ではありません。AIやデータ基盤を使いこなしながら、特定分野の実務を20年スパンで支える職能型スペシャリストです。異動前提の総合職を支える『組織の記憶装置』とも言える存在でしょう」