『パラサイト』の栄光から5年、韓国映画界が絶滅危機…Netflixがもたらした破壊的構造

「映画館は単なる上映場所ではなく、“新作の市場導線”そのものです。導線が崩れると、映画は『発見されない商品』になります。発見されない商品は、投資対象として成立しません」(戦略コンサルタント・高野輝氏)

劇場の衰退が“文化の問題”である以前に、“金融の問題”になっている。韓国映画界の危機は、この一点を見落とすと見誤る。

投資マネーを凍りつかせた「高コスト・低リターン」の罠

 製作本数が止まった最大の理由は、映画製作における「投資エコシステム」が崩壊した点にある。韓国映画は、グローバル市場を意識するにつれ、作品単価が上がり続けた。1本あたり数十億ウォン(数億円)から、場合によっては数百億ウォン(数十億円)規模の資金が投入されることも珍しくなくなった。

 ところが、劇場で損益分岐点を超える作品は、年々少なくなっていった。大半が赤字を垂れ流し、当たれば大きいが外せば致命傷という「ハイリスク・ハイリターン」の賭場のような構造が、投資家にとって耐えがたいものになった。

 映画というビジネスはもともと不確実性が高い。しかし、それを成立させてきたのは「ヒットの偶然性」を許容する市場の厚みと、一定の成功確率が見込める配給網、そして“次に回せるだけの資金循環”である。韓国ではこの循環が、急激に途切れた。

「投資家が嫌うのは赤字そのものではなく、“再現性のない赤字”です。劇場興行はアルゴリズム的に予測しづらい。製作費が高騰したことで、失敗したときの毀損額が大きすぎる市場になりました」(韓国のエンタメ市場に詳しい証券アナリスト)

 ここで重要なのは、投資家が「映画そのもの」を嫌ったのではなく、劇場映画のリスク構造を支えられないほど市場が薄くなったという事実である。そうなれば、資本が逃げる先は当然ひとつになる。Netflixを代表とするOTTだ。

Netflixという「甘い毒」――“安全な取引”が奪う創造の基盤

 制作会社やクリエイターにとって、Netflixは救世主に見える。劇場映画のように「公開初週の数字」で生死が決まる世界と違い、Netflixオリジナル作品は基本的に買い取り方式が多い。Netflixが製作費を負担し、一定の利益を上乗せして支払う。制作側は興行の当たり外れに左右されず、確実に収益を確保できる。

 これは表面的には「健全化」に映る。しかし、産業構造として見ると本質は逆だ。制作側がリスクを取らなくなった瞬間、リターンの上限も同時に奪われる。さらに深刻なのは、作品のIP(知的財産)と配信権をプラットフォーム側が掌握しやすくなる点である。これは単なる取引条件ではない。文化の主導権が「作る側」から「配る側」へ移動することを意味する。

「プラットフォーム型の産業は、“制作を保護する代わりに、制作を従属化する”傾向があります。買い取りモデルは短期的には制作の安定をもたらしますが、長期的には『IPを持たない国』を作り出します」(高野氏)

 韓国が直面しているのは、まさにこのフェーズだ。才能は流出し、資金はプラットフォームに向かい、劇場は縮小する。すると劇場映画が成立しない。劇場映画が成立しなければ新人監督が育たない。新人が育たなければ、次の『パラサイト』は生まれない。

 韓国映画界の危機は「作品が作れない」のではなく、“劇場映画を作る理由がなくなりつつある”のである。

海外進出の格差――世界190カ国に届く“魔法”が奪うもの

 Netflixの破壊力を決定づけたのは、収益の安定性だけではない。海外市場への導線を根本から変えた点にある。

 従来、自国作品を海外で成功させるには、配給権交渉、現地上映網の確保、プロモーション、人脈、映画祭、そして批評評価の積み上げが必要だった。そこには時間も費用もかかり、成功は保証されない。しかしNetflixであれば、配信開始と同時に世界190カ国へ到達できる。公開日=世界同時ローンチという“魔法”が、韓国制作陣の判断を変えた。