『パラサイト』の栄光から5年、韓国映画界が絶滅危機…Netflixがもたらした破壊的構造

 韓国の悲鳴は、未来の日本に向けた警鐘である可能性がある。

「勝者のはずだった国」が問い直される、文化と資本の主従

『パラサイト』が世界を獲ったとき、韓国映画は「最強のローカルが世界を制す」ことを証明した。だが今、その成功が逆説的に、映画産業をプラットフォームの支配構造へ導いている。Netflixは敵ではない。むしろNetflixがなければ、多くの才能が世界に届かなかったのも事実だ。

 しかし、プラットフォームが“配るだけの存在”ではなく、“作る構造そのもの”を定義する存在になった瞬間、文化産業は別の意味で脆くなる。安定と引き換えに、IPと主導権を渡す。世界と引き換えに、自国の市場循環を失う。韓国映画界が直面する危機は、まさにその交換条件が臨界点を越えた結果だ。

 次に問われるのは、「映画はどこで生き残るのか」ではない。映画を生み出す国は、プラットフォームの時代にどう自律性を保てるのか。その問いに答えられない国から、次の『パラサイト』は生まれないのかもしれない。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=高野輝/戦略コンサルタント)