ここで重要なのは、グーグルのような“効率の優等生”ですら、最終的には電力制約に突き当たるという点だ。効率改善には限界がある。需要が増え続ける以上、最後は「どれだけ電力を持てるか」に回帰する。
ザッカーバーグは「パーソナル超知能(Personal Superintelligence)」を掲げる。誰もが超知能を使える世界をつくるという理想だ。
しかし、物理インフラの現実は逆の方向に働く。AIが高度化するほど、必要な計算資源は増え、参入障壁が上がり、巨額投資が可能なプレイヤーに集中する。
その結果、AIは“誰もが使える公共財”ではなく、一部の巨大企業が私有する戦略資産になりかねない。
さらに、地域社会との摩擦も避けられない。水資源、電力系統、土地利用、雇用、環境負荷。データセンターは地方経済の救世主とされる一方で、“迷惑施設化”するリスクも抱える。
「計算資源の集中は、AIの民主化ではなく“寡占化”を生む。電力とGPUを握る者が、知能へのアクセス権を決める構造になりつつある」(同)
20世紀の覇者が石油を制したように、21世紀の覇者は「計算能力という名のエネルギー」を制する。メタは今、その覇権を取りに行っている。
93兆円の賭けは、Metaをソーシャルメディア企業から「地球規模のインフラ企業」へと変貌させるのか。それとも、電力と規制と地域社会の壁に阻まれ、巨大な負債を抱えるのか。
ただ一つ確かなのは、AI競争の勝敗が「モデルの賢さ」だけでは決まらない時代に入ったという事実だ。今後の10年、世界の産業地図を塗り替えるのは、コードではなく――電力と工場と外交ルートである。そのカウントダウンは、すでに始まっている。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)