これまで静岡の宿泊市場における主役は、平均客単価(ADR)1〜3万円台の温泉旅館だった。それが今、モータースポーツ(富士スピードウェイ周辺)・ウェルネス・eスポーツ体験などを軸にした「デスティネーション・ホテル」が台頭し、1室あたり15万円〜30万円超のプレミアム市場が形成されつつある。
外資系ラグジュアリーホテルの参入はその象徴だ。5つ星ブランドが立地選定に際して行う綿密な市場調査を通過しているという事実は、「需要は確実に存在する」という強いエビデンスでもある。
「外資系ラグジュアリーホテルの出店は、いわばその地域への”格付け”です。彼らが来るということは、1泊10万円以上を払う層のボリュームが、事業として成立すると判断された証拠。周辺の開発ポテンシャルも一気に上がります」(同)
■ 富士山ブランドの”換金”がついに始まった
観光庁の「訪日外国人消費動向調査」において、富士山は訪日客が訪れたい・満足した場所の常連トップ項目だ。しかしこれまでの消費行動は「東京から日帰りで眺めるだけ」が主流だった。
「眺める富士山」から「泊まる富士山」へ——この転換こそが、今起きている最大のパラダイムシフトである。世界最高峰のブランド力を持ちながら、マネタイズが不十分だった富士山というコンテンツが、ようやくその真価を発揮し始めた。
ここで誤解してはならない重要なポイントがある。今静岡で起きているのは、単なる「ホテルの建設ラッシュ」ではない。
従来の観光投資の論理は「客数(Volume)を最大化する」ことだった。客室数を増やし、稼働率を上げ、低単価でも数をこなす。いわば”薄利多売”の観光モデルだ。
しかし現在進行しているのは、その真逆の発想だ。
・客数ではなく客単価(Value)を最大化する
・「日帰り」を「連泊」に変えるための体験コンテンツに投資する
・「有名な場所」ではなく「物語のある場所」にブランドを構築する
富士スピードウェイ周辺のホテルが「モータースポーツ×宿泊」という組み合わせで欧米富裕層を引き込み、伊豆エリアのウェルネスリゾートがヨガ・瞑想・食という体験パッケージで高付加価値を実現しているのはその典型例だ。
ホスピタリティ産業を専門とする経営コンサルタントはこの潮流をこう分析する。
「今の富裕層インバウンドが求めているのは『非日常』ではなく『本物の日常』です。地元の漁師と一緒に朝の漁に出る、地域の農家と野菜を収穫する——そういった”ローカルな物語”に参加できることが、1泊30万円の対価として成立する時代になった。静岡はその素材の宝庫です」
宿泊施設はもはや「眠る場所」ではなく、「体験を販売するプラットフォーム」になっている。この認識を持てるかどうかが、次の10年で観光投資に参加できるかどうかの分水嶺だ。
静岡での成功モデルを見た投資家たちは、すでに「次の静岡」の仕込みを始めている。条件は明快だ。「圧倒的なコンテンツがあるのに、高く売る仕組みがまだない場所」である。
(1)徳島県(祖谷・三好)——「未開の秘境」という最強のブランド
かずら橋と断崖の集落で知られる祖谷(いや)渓谷。2025年の宿泊予約サイトにおける検索増加率は前年比約700%を記録したとされ、ニッチな体験を求める欧米豪富裕層から爆発的な注目を集め始めている。
「まだ観光化されていない日本」というナラティブは、過度に整備された観光地に食傷気味の富裕層旅行者に刺さる。高級ヴィラの進出が相次いでおり、静岡より数年遅れた「離陸前夜」の状態にある。