特に痛手だったのは、かつて日本が技術的優位を誇ったLNG(液化天然ガス)運搬船の市場だ。極低温のLNGを運ぶ高度な技術が必要なこの分野も、2000年代以降は韓国勢が席巻。現在、日本国内の造船所でLNG船を一隻も建造していないという事実は、かつてのトップランナーにとって屈辱的な現実と言える。
「日本の造船所は中規模な企業が乱立し、国家的な後ろ盾を持つ中韓のメガ造船所に対して、資本力と規模で太刀打ちできませんでした。この時期、日本の技術者は流出し、国内のサプライチェーンも疲弊しきっていたのです」(経済誌記者)
しかし、戦いのルールが変わった。市場を動かすドライバーが「価格」から「環境性能」へとシフトしたのだ。
国際海事機関(IMO)は2023年7月、温室効果ガス(GHG)の排出削減戦略を改定し、「2050年頃までに排出ゼロ」という極めて高い目標を掲げた。これにより、重油を燃料とする従来の船は、もはや世界の海を走れなくなる。
今、海運業界が求めているのは、LNG燃料船、さらにはメタノール、アンモニア、水素といった次世代燃料で動く「ゼロエミッション船」だ。ここで、日本の「真面目な技術開発」が再び光を浴びている。
ゼロエミッション船を年間100隻規模で建造する場合、1隻あたりの建造費は約100億円に上ると試算される。2025年から2050年までの累計投資額は、関連インフラを含めれば25〜30兆円規模という巨大市場だ。
「アンモニア燃料船のエンジン開発や、燃料供給システムにおいて、日本企業は世界トップクラスの特許と技術蓄積を持っています。単純な鉄の箱を作る競争では中韓に勝てませんが、複雑な燃料制御や環境負荷低減という『システムの知能化』が求められる局面では、日本の独壇場になる可能性があるのです」(山崎氏)
日本の造船復活を決定づけているもう一つの要素が、政府の強力なコミットメント、すなわち「国策化」である。
2024年11月、国土交通省は「造船業再生基金」の創設を発表。2025年度補正予算案に1,200億円を計上するという異例の規模だ。政府は2035年の建造量を2024年比で2倍に引き上げる目標を掲げ、今後10年間で官民合わせた投資規模は1兆円に達する見通しとなっている。
なぜ今、政府はここまで本気なのか。その背景には切実な経済安全保障の問題がある。 日本はエネルギーの多くをLNGに頼っているが、その輸送を中韓の造船所に依存し続けることは、地政学的なリスクを孕む。万が一、東アジア情勢が緊迫化した際、自国でエネルギー運搬船を調達・修理できない事態は避けなければならない。
「造船はもはや一産業の枠を超え、エネルギー安全保障の根幹を支える『防衛産業』に近い位置づけになっています。政府の資金投入は、次世代船の技術開発だけでなく、国内の労働力確保やサプライチェーンの維持・強化という多角的な支援へと広がっています」(同)
官民の資金が動き出すなか、業界内での構造改革も加速している。かつての「乱立」から「結集」への動きだ。
国内首位の今治造船は、ジャパン マリンユナイテッド(JMU)への出資比率を30%から60%へと引き上げ、子会社化する方針を打ち出した。これにより、国内勢がまとまって中韓の巨大メーカーに対抗する体制が整いつつある。
また、三菱重工などの大手メーカーは、自ら船体を建造するだけでなく、高度な制御システムやエンジンの外販に注力するなど、ビジネスモデルの転換を図っている。