
●この記事のポイント
30年の構造不況を経て、日本造船業が急激な株価高騰と共に復権を遂げている。IMOの2050年GHG排出ゼロ目標を背景に、日本が強みを持つアンモニア・水素燃料船など次世代環境対応船へのリプレイス需要が爆発。船価上昇や「造船業再生基金」創設等の国策化、業界再編も追い風となり、かつての「量」ではなく「脱炭素技術」を武器に、世界市場での主導権奪還を狙う。
かつて「造船王国」の名をほしいままにし、世界の海を支配した日本の造船業。しかし、その栄光は1990年代以降、猛追する韓国、そして圧倒的な価格競争力を武器にした中国の前に、音を立てて崩れ去った。「失われた30年」の間、国内造船所は閉鎖や統合を余儀なくされ、日本の基幹産業としての地位は風前の灯火となった。
ところが今、株式市場で異変が起きている。名村造船所や三井E&Sといった造船関連銘柄が数倍、時には10倍近い上昇を見せ、投資家の熱い視線を集めているのだ。長らく「構造不況業種」の代名詞であった造船業に、一体何が起きているのか。その背景には、脱炭素という世界的な潮流、経済安全保障という国策、そして日本が磨き続けてきた「技術力」の再評価がある。
本稿では、最新のデータと専門家の視点を交え、日本造船業が迎えつつある「30年ぶりの大相場」の正体と、その先に待つ未来を解き明かしていく。
●目次
日本造船業が底を打ったことは、客観的な数字が証明している。世界の新造船建造量は2011年の約1億総トンをピークに右肩下がりを続け、2022年には約5,590万総トンと、ほぼ半減した。しかし、この2022年をボトムとして、市場は明らかな回復基調に転じている。調査機関の予測によれば、2030年代初頭には再び1億総トンを超える高水準に達する見通しだ。
この需要回復を牽引しているのは、単なる老朽船の買い替えではない。国際的な環境規制に対応するための「次世代燃料船」へのリプレイス需要である。
業績面でも変化は顕著だ。例えば名村造船所は、2025年3月期の経常利益が前年比約47%増と大幅な増益を見込む。数年前まで赤字に苦しんでいた同社が、これほどのV字回復を見せた背景には、船価(船の価格)の上昇がある。世界的な船台(建造スペース)の不足により、造船側の価格交渉力が強まり、高付加価値な受注が収益を押し上げているのだ。
航空・海事アナリストの山崎慎一氏はこう分析する。
「これまでの日本の造船業は、受注を確保するために利益を削る『出血受注』が常態化していました。しかし現在は、数年先まで予約が埋まるなかで、利益の取れる案件を精査して受注できる『売り手市場』に変貌しています」
かつての敗北の原因を整理しておくことは、現在の復活の真価を理解する上で欠かせない。1990年代、日本の造船業がシェアを奪われた最大の理由は、コスト競争力の差だ。
韓国勢は、政府主導の強力な金融支援と設備投資を背景に、巨大なドックで同型船を大量建造する「規模の経済」を追求した。一方の中国は、圧倒的な安価な労働力と国家戦略としての造船振興を武器に、瞬く間に世界シェア首位に躍り出た。