今回のアルファベット決算が示す冷徹な事実は、AI時代の富が「インフラとデータを持つ者」に急速に集中しているということだ。
グーグルの広告事業を支えているのは、世界中のメディアや個人が日々生み出すコンテンツだ。日本の報道機関、ブログ、ECサイト、自治体ウェブサイトのデータも例外ではない。これらが検索データベースの素材となり、AIオーバービューを通じてグーグルの収益に転換されている構造は、英CMAが問題視している構造と本質的に変わらない。
しかし英国や欧州と比較したとき、日本にはAIデータの利用に関して出版社・コンテンツ制作者が対価を交渉するための法的枠組みも、集団的な交渉主体も、いまだ十分に整備されていない。
「オプトアウト義務化」を単なるコンテンツ権利保護の話と見るか、あるいはデータを「売る」ための交渉テーブルを設けるための制度整備と捉えるか。この視点の差が、今後のデジタル産業政策における日本の立ち位置を大きく左右する。
AI時代の覇者は、より多くのデータを、より低コストで、より継続的に取得できる者だ。アルファベットの決算は、その競争がすでに「資本の規模」だけで決まる段階に入りつつあることを示している。問われるべきは、日本のメディア・企業・政策立案者が、このゲームのルール形成にどこまで積極的に関与できるかである。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=小平貴裕・ITジャーナリスト)