第二に、知的財産(IP)のアセット価値が可視化されるという変化だ。大学が「稼ぐ」意識を持つことで、従来は埋もれていた研究成果の事業化が加速する。ディープテック領域への投資を検討する機関投資家にとって、大学の財務基盤の透明性は投資判断の重要要素になりつつある。
第三に、ガバナンス改革の加速だ。東京科学大学は理事長・学長(大学総括理事)体制という「一法人一大学では史上初」の統治構造を採用した。研究者コミュニティの合意形成を優先してきた従来モデルから、経営責任と研究の自由を分離しつつ統合するデュアルリーダーシップへの移行は、大学経営に留まらず、専門家集団を束ねるあらゆる組織へのヒントを提供する。
もちろん、課題がないわけではない。エンダウメント運用には市場リスクが伴い、2008年の金融危機時にはハーバードでさえ1年間で30%近い資産の目減りを経験した。「稼ぐ」プレッシャーが研究の方向性に影響を与えかねないという懸念は、学術コミュニティの間で根強い。
また、5,000億円という目標額の達成には、国内外からの寄付文化の醸成、スタートアップ育成の実績積み上げ、そして優秀な運用人材の確保という複数の難題が同時に解かれる必要がある。目標はあくまで長期的な目線のもの、との理解も必要だ。
「日本の大学エンダウメントが軌道に乗るまでには、少なくとも10〜15年の助走期間が必要だろう。重要なのは短期の数字ではなく、ガバナンス改革と人材育成が同時に前進しているかどうかだ」(同)
それでも、東京科学大学の挑戦が持つ意義は大きい。大学が「お上頼み」から脱し、リスクを取りながら自律的に経営資源を拡大しようとする姿勢は、日本の高等教育システムがようやく本気で「持続可能性」を問い始めたことを示している。
科学立国・日本の研究競争力が世界から相対的に低下し続ける中、この「日本版エンダウメント元年」が、単なる制度的実験で終わるのか、それとも次世代のノーベル賞受賞者や世界を変えるディープテックを生み出す土台になるのか。その行方は、大学関係者だけでなく、ビジネスセクター全体が注視すべき問いである。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=川﨑一幸/金融アナリスト)