ここで、より大きな文脈を整理しておく必要がある。
現在、半導体をめぐる国際競争の話題の中心は「前工程(ウエハー上への回路形成)」だ。TSMCの熊本進出(JASM)、ラピダスによる2ナノメートル以下の最先端製造への挑戦――これらは日本政府の強力な補助政策とともに進行している。
だが、日本企業が世界で実際に高いシェアを誇るのは、別の領域だ。製造装置(東京エレクトロン、SCREENなど)、半導体材料(シリコンウエハー、フォトレジスト、研磨剤など)、そして村田製作所、京セラ、TDKなどが担う「電子部品・モジュール」がその主役である。
特にAIデータセンターやEVにおいては、チップ単体の性能だけではなく、「いかに少ない電力で効率的に動作させるか」が設計の肝となる。電力変換、ノイズ対策、熱管理――こうした「後工程・システム統合」の領域こそ、日本の電子部品メーカーが圧倒的な競争優位を持つ土俵だ。
TDKの新潟工場取得は、この「日本の強み」を製造インフラの観点から補強する動きとして読み解ける。「半導体を内包したモジュール部品」の自社一貫製造体制を築くことで、供給網の安定性と価値付加の両面でポジションを強固にするという戦略だ。
小千谷市の宮崎悦男市長は、TDKの進出の見通しについて「街づくりを進めていく上で非常に大きな転機になる」と歓迎のコメントを発した。
その背景には、切迫した事情がある。JSファンダリの工場は、もともと1984年に旧三洋電機がLSI生産拠点として設立したものだ。その後、米オン・セミコンダクターへの売却を経てJSファンダリが引き継いだが、最終的には550人規模の雇用が一夜にして消えた。工場跡地の活用方法は地域の最重要課題だった。
経済安全保障の観点からも、今回の結末は意義深い。破産直後には「中国勢が工場取得に関心を示している」との情報が流れ、地元や政府関係者の間で技術流出への懸念が高まっていた。TDKという国内優良企業への継承は、技術資産と人材の国内残留を意味する。
経産省が策定した半導体戦略においても、成熟世代(レガシー)半導体のサプライチェーン強靱化は明確な政策目標の一つだ。今回のケースは、民間の自律的なM&Aが国策と方向を一致させた好例として、政策立案の参考事例になりうるだろう。
TDKの新潟工場取得を、単なる「安値の不動産買収」と見るのは早計だ。
背景にあるのは、①インフレ下での既存インフラの再活用による投資効率の最大化、②自社製品への内製転換による安定的な操業、③薄膜・モジュール技術との親和性、④AIデータセンター・EV向け電源モジュール市場への足場作り――これらが重なった多層的な戦略だ。
「ラピダスの数兆円」と「TDKの数十億円」。金額は大きく異なるが、どちらも日本の半導体・電子部品産業を世界のサプライチェーンにとって不可欠な存在に位置づけるための布石である点では共通している。
最先端を追うプロジェクトが脚光を浴びる裏で、旧三洋電機ゆかりの工場は、今度は日本を代表する電子部品メーカーの手によって新たな役割を担おうとしている。新潟・小千谷から聞こえてくるのは、派手さとは無縁の、しかし確かな胎動だ。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=岩井裕介/経済コンサルタント)