バーガーキング、2度撤退から既存店46カ月連続増収…業界の常識を壊しながら成長

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バーガーキングの店舗(「Wikipedia」より)

●この記事のポイント
バーガーキングが2019年の体制刷新後、既存店売上高46カ月連続増収・2025年度売上575億円(前年比53%増)を達成した背景を分析。2度の日本撤退の真因、マクドナルドの動きを逆用するPRドリブン型マーケティング、平均3年未満の投資回収モデルによるFC拡大戦略、外国籍人材3分の1という多様な組織論まで、逆転劇の全貌を構造的に解説する。

 ハンバーガー業界に、異変が起きている。かつて「マクドナルドの牙城を崩せず撤退したブランド」として記憶されていたバーガーキングが、2019年の体制刷新以降、既存店売上高の連続増収を続けている。全店売上高は61カ月連続、既存店でも24カ月以上の増収が続き、2025年通期の売上高は前年比53%増の575億円に達した。店舗数も2019年5月の77店舗から2025年10月には308店舗へと約4倍に拡大し、ハンバーガーチェーンの業界ランキングでは4位に浮上している。

 なぜ、かつての「敗者」がここまで変わったのか。その答えは、プロダクトの品質が変わったからではない。「戦略の設計思想」が根本から変わったからだ。

●目次

2度の敗退が示す「戦略の不整合」という本質

 バーガーキングの日本進出の歴史は、失敗の連続だった。1993年に西武商事が米バーガーキング社とフランチャイズ契約を結び日本初上陸を果たしたが、本国との経営方針の対立から関係は悪化し、1996年にJT(日本たばこ産業)へ運営が移管。その後もマクドナルドが展開した「平日ハンバーガー65円」の価格攻勢の前に客足は遠のき、2001年3月に全店舗を閉鎖し、日本から完全撤退した。

 2006年にはロッテとリヴァンプの共同出資で再上陸を果たすが、こちらも事業は伸び悩み、2010年にはロッテリア(韓国法人)に負債ごと100円で買収されるという屈辱的な結末を迎えた。

 この2度の失敗の根底には、共通する構造的な問題があった。ひとつは「本国主導の商品・価格設計」だ。巨大なワッパーを軸とした米国流の「高価格・大容量」モデルをそのまま持ち込んだが、日本の消費者は価格の手頃さや食べやすさを重視する傾向が強く、ニッチなファン層の支持にとどまった。もうひとつは「スケールの欠如」だ。マクドナルドが2,000店舗超の全国網を持つなか、バーガーキングは規模の経済が働かず、原材料調達や物流のコストが利益を圧迫し続けた。

「失敗は商品の問題ではなく、誰に・どう届けるか、そして持続可能な規模をいかに構築するかという戦略設計の問題でした」(外食産業コンサルタント・杉田誠氏)

「王者の影」を逆手に取るマーケティングへの大転換

 2019年、香港系投資ファンドのアフィニティ・エクイティ・パートナーズのもとで新体制が発足し、キリンビール出身の野村一裕氏がマーケティングディレクターとして入社。現在は代表取締役社長を務めるこの人物が、ブランド戦略の根本的な刷新を主導した。

 当時の社内状況について野村氏は「自社の強みが何かも定まっておらず、ブランドのルールも曖昧だった」と振り返る(日経クロストレンドより)。そこから逆算して設計されたのが、「直火焼きの100%ビーフ」という揺るぎない製品差別化と、それを「BOLD&BULLISH(大胆で強気)」なコミュニケーションで伝えるブランド戦略だ。