日英「1.9兆円」洋上風力合意の真意…三菱商事撤退後に日本が英国へ賭ける理由

 専門家の多くはこの「国家安全保障」という論拠には疑問符をつけるが、洋上風力が単なる「クリーンエネルギー政策」ではなく国家安保と絡み合うインフラであるという認識は、米国以外でも急速に広がっている。

 その象徴が英国政府の決断だ。英政府は2026年3月26日、中国の風力発電機大手・明陽智能(ミンヤン)のタービンを洋上風力に使うことを禁じると表明した。「安全保障上のリスクがある」として計画を承認せず、同社製風車を英国の洋上風力プロジェクトで採用することを禁止した。

「現在の大型風車は単なる発電設備ではなく、膨大なセンサーや通信機能を備えたデジタルインフラだ。発電量データだけでなく、気象情報や系統運用情報も扱うため、国家レベルでは安全保障上の監視対象になる。洋上風力はすでにエネルギー政策だけの話ではない」(同)

 こうした流れは、結果的に中国製設備の排除と欧州メーカーへの需要集中を招く。世界風力会議(GWEC)の統計によれば、洋上風力の累積導入容量は中国と欧州で世界の大半を占める。英国の中国排除方針は安全保障上の合理性を持つ一方で、設備コスト上昇という代償も伴う。

なぜ「英国の海」なのか——浮体式という最後のフロンティア

 では、コスト高騰・中国排除という難題を抱える英国になぜ日本は1.9兆円を向けるのか。答えの核心は「着床式」と「浮体式」の技術的分岐点にある。

 現在の主流は、水深50メートル以下の遠浅の海底に基礎を打ち込む「着床式」だ。北海に恵まれた英国や欧州、そして広大な沿岸を持つ中国がここで先行し、日本が追いつける状況にはない。

 一方、水深100メートルを超える深海にも設置できる「浮体式」は、まだ世界的に商用化の黎明期にある。2026年1月5日、長崎県五島市沖(水深約130〜140メートル)に浮体式風車8基(総出力16,800kW)を設置した「五島洋上ウィンドファーム」が商用運転を開始した。これは再エネ海域利用法に基づいて認定を受けた国内初の案件で、約3年の工事期間を経て商用化に至った。

 浮体基礎の設計・制作で、日本は世界最先端の技術力を持つとされ、2030年前後の量産化に向け、数百億円規模の大規模投資に踏み込む企業も出てきた。

「着床式では欧州・中国に勝てないが、浮体式なら日本の造船・海洋土木技術が活かせる。英国での実績づくりは、浮体式の国際標準(ルールメイキング)を握るための投資という側面が強い」(同)

 英国は北海での豊富な洋上風力開発実績を持ち、かつ日本の浮体式技術が適用できる深海域も有する。日本にとって英国は「同志国との安全保障枠組みの中で、浮体式の実証フィールドを買える」数少ない選択肢の一つなのだ。

「脱中国コスト」を日本が補完する構図

 ただし、この合意を「ビジネス上の等価交換」として評価するには慎重さが必要だ。

 英国が「中国排除」を選択したことで生じるコスト増を、日本の資金と技術が部分的に補完するという構図が透けて見える。

 日本側には中東情勢を踏まえ、エネルギー調達の多角化につなげる狙いがある。首脳会談では中国を念頭に、重要物資の輸出規制などの経済的威圧に懸念を表明し、サプライチェーン強靱化の重要性を強調する方針だ。

「日英連携」が純粋なエネルギー協力であるのか、それとも西側同盟の安全保障コストを日本が負担する構図であるのかは、今後の契約内容が明らかになるにつれて問われることになるだろう。政府が強調する「投資促進とサプライチェーン構築の協力」が、国内産業にどう還元されるかも重要な評価軸だ。

 北九州市のような鉄鋼・造船の基盤を持つ地域では、洋上風力の部品製造やO&M(運用・保守)の集積拠点化を図る動きが続いている。日英協力が生む「浮体式の量産化」の波が、こうした国内サプライチェーンと連動できるかどうかが、この投資を「海外流出」で終わらせないための鍵になる。