なぜ無印良品はホテル事業に参入するのか…オーバーツーリズム時代の新・地方創生モデル

従来の地方誘致を壊す「関係人口」ビジネスの凄み

 MUJI BASE KYOTO kiyomizuの特徴は、観光客向けの非日常空間を演出するのではなく、住民の生活圏にそのまま溶け込む体験を提供する点にある。館内には京都の老舗コーヒー店「小川珈琲」の清水店が併設され、宿泊者限定のラウンジや朝食として利用できる。目玉企画である「早朝の清水参り」は、毎朝5時40分から7時という、観光客がまだ少ない時間帯に清水寺へ向かう有料ガイドツアーで、MUJI BASEとしては初のガイド付き地域周遊プログラムだ。

 この「観光客が少ない時間・少ない場所」をあえて商品化する発想は、良品計画が繰り返してきた実験の延長線上にある。MUJI BASEは今回で5施設目。2023年8月開業の「MUJI BASE KAMOGAWA」(千葉県鴨川市)を皮切りに、「MUJI BASE TESHIMA」(香川県土庄町、2024年4月)、廃校をリノベーションした「MUJI BASE OIKAWA」(千葉県大多喜町、2024年10月)、「MUJI BASE TESHIMA Ⅱ」(2025年4月)と展開してきた。いずれも空き家や遊休不動産、あるいは閉校・閉館した施設を活用しており、京都・清水の施設も、2025年に閉館した「アメニティーホテル京都」を改装したものだ。派手な新築ではなく、地域に40年以上根付いてきた建物の外観をそのまま引き継いでいる点も共通している。

 コンセプトは「地域文化の体感基地」。良品計画自身が掲げる「地域で暮らしと文化を体験する滞在拠点」という言葉が示す通り、狙いは一度きりの「一見さん」観光客を集めることではない。ワーケーションやデュアルライフ(多拠点生活)が広がる中で、同じ地域を繰り返し訪れる「関係人口」――移住はしないが、その土地と継続的な関わりを持つ人々――を育てることに主眼が置かれている。総務省や国土交通省も近年、人口減少地域の担い手として関係人口の創出を政策的に後押ししており、良品計画の取り組みはこの文脈とも重なる。

 地元との摩擦が起きにくい構造も見逃せない。テーマパーク的に観光地を演出するのではなく、農作業や商店街での買い物、早朝の寺社参りといった、住民の日常の延長にある体験を切り出して商品化しているためだ。良品計画が単なる旅行会社ではなく、全国に店舗網と強固なファン基盤を持つ小売企業だからこそ、自治体や地域の不動産オーナーにとって「組みたい相手」になり得る。実際、京都進出はMUJI BASEとして関西エリア初の展開であり、地域側の受け入れ余地とブランド側の集客力が噛み合った事例といえる。

大手代理店には真似できない「生活圏の輸出」

 JTBをはじめとする大手旅行代理店が得意としてきたのは、名所巡り・豪華な宿泊・名物グルメを組み合わせたパッケージツアーだ。この型は限られた時間で満足度を最大化する上では効率的だが、結果として観光客を同じ名所・同じ時間帯に集中させやすく、オーバーツーリズムを助長する側面がある。

 これに対し、無印良品が持ち込んだのは「普段着のブランド」という強みだ。日用品や衣料品という、生活に密着した商品を扱ってきた企業だからこそ、「旅先での日常体験」にリアリティと安心感を与えられる。宿泊者にとっては「観光地に行く旅」ではなく「無印良品的な暮らしの価値観を体感しに行く旅」になる。これは、名所を消費する従来型の観光とは異なるレイヤーで顧客を獲得する動きであり、旅行業界にとっては、競合というより「そもそも土俵が違う」存在として捉えるべき変化だ。

「パッケージツアーは”何を見るか”を売ってきたが、無印良品が売っているのは”どう過ごすか”。この違いは大きい。旅行会社が同じ土俵で対抗するのは難しく、むしろ自社の着地型観光メニューに、こうしたライフスタイル提案型の宿泊体験をどう組み込むかが問われる」(湯浅氏)