スズキの世界販売は2025年度に331万9975台と過去最高を更新したが、その牽引役はインドと日本国内であり、欧州向け輸出は近年、前年実績を下回る月が目立っていた。欧州は同社にとって収益の柱というより、規制対応とラインナップの隙間を埋める必要のある市場であり続けてきた。今回の軽EV輸出は、停滞する欧州事業をテコ入れする一手という側面も強い。
パリやローマ、ロンドンといった欧州の旧市街地は、石畳の狭い道と縦列駐車の難易度の高さで知られる。全幅1.48m以下という軽自動車のコンパクトさは、こうした街並みにおいて取り回しの良さという明確な強みになる。
またEVならではの特性も追い風だ。モーターは低速域から大きなトルクを発生させるため、ガソリン軽自動車の弱点とされてきた非力さが解消されやすい。航続距離270km程度という数値も、郊外から都心への通勤や日常の買い物といった「街乗りコミューター」用途であれば十分実用的な範囲に収まる。自宅や職場周辺での普通充電を前提とした「セカンドカー」需要を満たす設計思想は、大容量バッテリーを積んだ高額EVとは異なる現実的な選択肢になり得る。
自動車アナリストの荻野博文氏は「欧州の都市部では、一世帯が複数台を保有し、うち一台を短距離移動専用の割り切った車にするニーズが根強い。航続距離や装備を欲張らず価格を抑えるという設計思想は、欧州の生活実態に合っている」と指摘する。
BYDなど中国EV勢の強みと限界
BYDをはじめとする中国メーカーは、バッテリーの内製化と圧倒的な生産規模を武器に、低価格EVで欧州市場のシェアを伸ばしてきた。EUは2024年、中国製EVに対し最大38.1%の追加関税を課す措置に踏み切ったが、BYDに適用される税率は17.4%と相対的に低く抑えられており、2025年9月時点でも中国車の欧州販売台数は前年同月比で2倍に増えるなど、関税による抑制効果は限定的だとの分析もある。BYDはハンガリーに欧州初の生産拠点を設けるなど、関税そのものを回避する動きも進めており、中国勢の攻勢は今後も続く可能性が高い。
スズキの勝算——「小・少・軽・短・美」と設備投資の抑制
スズキが対抗軸として持ち出せるのは、価格競争力そのものよりも、長年培ってきた原価低減のノウハウだ。同社は軽自動車開発において「小・少・軽・短・美」を合言葉に、部品点数や車体重量を徹底的に絞り込む設計思想を貫いてきた。余分なバッテリー容量を積まずに車体を軽量化し、電費(電力消費効率)で稼ぐという発想は、ガソリン車時代から続く同社の得意分野の延長線上にある。
もう一つの強みは、新規の海外工場を建設せず、国内向けと欧州向けを同じ湖西工場の既存生産ラインで一体的に生産する点だ。中国メーカーが巨額投資で生産能力を積み増す一方、スズキは日本国内で減価償却の進んだ既存アセットをグローバルに転用することで、投資リスクを抑えながら供給体制を構築できる。これは巨大資本による力業とは対照的な、堅実な経営判断といえる。
もっとも、楽観視できない要素も残る。第一に、欧州の消費者には「軽自動車=サイズが小さく、衝突時に不利」という固定観念が根強い可能性があり、欧州の安全基準(Euro NCAPなど)にどう適合し、それをどう訴求するかが普及のカギを握る。
第二に、価格競争力の持続性だ。英国での想定価格は2万ポンドを切る水準と報じられているが、輸送コストや現地の関税・諸費用を織り込んだ上で、ルノー・トゥイングオEVなど欧州勢の廉価EVや、関税をかいくぐりながら値下げを続ける中国勢に対して、実売価格でどこまで優位を保てるかは未知数だ。M1E規格に伴う優遇措置が日本生産車に及ぶかどうかも、今後の制度設計次第という不確実性が残る。
テスラや中国メーカーが体現してきたのは、巨額投資と大規模工場による力押しの競争戦略だった。これに対しスズキが選んだのは、長年培った軽自動車のノウハウと既存設備を、最小限の追加投資でグローバルに再利用するという、対照的なアプローチである。
この戦略が成功するかどうかは、2027年以降の実際の販売実績を見なければ判断できない。ただ、過剰な大型化・高価格化が進んだ世界のEV市場に対し、日本発の「等身大」の選択肢を提示しようとしている点は、一つの経営哲学として注目に値する。軽自動車という「ガラパゴス」の中で磨かれてきた技術とコスト管理のノウハウが、皮肉にも今、世界市場で試されようとしている。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=荻野博文/自動車アナリスト)