なぜJR東日本は社宅を手放すのか…売却益1500億円の裏にあるCRE戦略の本質

JR東日本、超一等地を活かすスキーム

 JR東日本の社宅の多くは、都心や主要駅に近接した立地にある。鉄道会社が沿線に保有してきたこうした用地は、一般のデベロッパーからすれば容易には手に入らない希少な資産だ。同社はこの一等地を、単純な売却だけでなく、複数の手法を組み合わせて活用しようとしている。

 象徴的なのが、2026年4月に伊藤忠商事との不動産事業を統合して設立した新会社「JR東日本伊藤忠不動産開発」(JR東日本60%、伊藤忠商事40%出資)だ。約8万5000平方メートルの用地をこの新会社に移管し、共同での再開発を進める体制を整えた。千葉県船橋市では東急不動産とも連携し、社宅跡地を含むエリアで1000戸を超える住宅開発を計画するなど、単独ではなく他社との協業によってリスクとノウハウを分散しながら事業化する姿勢がうかがえる。

 この手法は、実は同社にとって初めてではない。東京・大井町では、1965〜66年に建設された国鉄時代の社宅(広町アパート、6棟・720戸規模)の跡地に約1200億円を投じて再開発した複合施設「大井町トラックス」が2026年3月に開業している。旧社宅という「稼がない資産」を、オフィスや商業施設という「稼ぐ資産」に組み替えた先行例であり、今回の社宅全廃方針は、この成功体験を全社的なスケールに広げる試みと位置づけられる。

 もっとも、こうした再開発が短期間で投資を回収できるわけではない。整備費に対して見込まれる年間の営業収益はなお限定的で、投資回収には相応の年数を要するとの指摘も一部にある。売却によるキャピタルゲインの獲得と、賃料収入というリカーリング収益の育成を、時間軸を分けて組み合わせる長期戦略として理解する必要がある。

「JR東日本にとって不動産・生活サービス事業は、人口減少が続く鉄道事業を補う収益の柱として位置づけられてきました。社宅の全廃は、福利厚生政策であると同時に、伊藤忠商事という開発ノウハウを持つパートナーを得て、保有資産をキャッシュフローに変換する事業ポートフォリオの見直しでもあると捉えるべきでしょう」(同)

他業界にも広がる不動産再編の動き

 社宅をはじめとする福利厚生用不動産の見直しは、JR東日本に限った動きではない。

 金融業界では、みずほ銀行が新しい人事処遇制度の導入に合わせて社宅制度を全廃する方針を示し、賃貸住宅向けの家賃補助も原則廃止した例が知られている。新卒向けの独身寮は残す一方で、家族向け社宅に住んでいた社員の中には、実質的な手取り収入の減少を機に転職や住宅購入に踏み切る動きも報じられており、制度変更が働き方や人材の流動性に与える影響の大きさを示す事例となった。業界専門紙でも、大手金融機関が社宅の運用や集合寮のあり方を相次いで見直しているとの報道があり、社宅制度の再設計は金融業界全体の課題になりつつある。

 こうした動きに共通するのは、社宅という「現物給付型」の福利厚生を維持するコストと、それが実際に社員から求められているニーズとの間にギャップが生じているという認識だ。企業が保有する不動産を惰性で維持し続けるのではなく、事業戦略の一部として定期的に棚卸しする姿勢が、業種を問わず広がりつつあると言える。

「社宅は、かつては住宅取得が難しかった時代に社員の生活を支える有効な手段でした。しかし共働き世帯や単身世帯が増えた今、画一的な社宅よりも、住む場所を自分で選べる住宅手当や借上げ社宅のほうが、実質的な満足度が高いケースは少なくありません。企業には、福利厚生を『何を持っているか』ではなく『社員にとって何が価値になるか』で組み替える視点が求められています」(同)