
●この記事のポイント
米国の公衆衛生総監は社会的孤立の死亡リスクを「1日15本の喫煙に匹敵」と警告し、WHOは孤独に関連する死亡を年87万人と推計した。本稿はこれらを起点に、ゲームを活用した健康長寿ビジネスを検証する。取り上げる事例は、ゲーム型治療アプリ「エンデバーライド」の国内発売、STEPNの失速、八王子市・静岡市の健康ポイント、シニアeスポーツ。そこから事業化の条件と3つの壁を整理する。
健康寿命を延ばすための投資が続いている。抗老化研究、再生医療、ウェアラブル端末。だが、その先にある問いは意外と置き去りにされている。体が元気になっても、毎日が退屈で話し相手もいなかったら、それは望んだ長寿と言えるのだろうか。
これまで高齢者向けの娯楽といえば、テレビや趣味の教室など「時間を埋める」ものが中心だった。いま国内外で進んでいるのは、ゲームの仕組みを使って、脳を使う・体を動かす・人とつながるの3つを一体で設計しようとする動きだ。本稿では、デジタル治療、歩数インセンティブ、VR、シニアeスポーツの現状をデータで確かめながら、この領域がビジネスとしてどこまで成熟しているのかを整理する。
●目次
2023年5月、米国の公衆衛生総監(当時)ヴィヴェック・マーシー氏は勧告を出し、社会的つながりの欠如が死亡リスクに与える影響を「1日最大15本の喫煙に匹敵する」と表現した。根拠となったのは、米ブリガム・ヤング大学のジュリアン・ホルト=ランスタッド教授らによるメタ分析である。
2025年6月には、WHO(世界保健機関)の「社会的つながりに関する委員会」が報告書を公表した。世界の6人に1人が孤独を感じており、孤独に関連する死亡は年間約87万1000人、1時間あたり約100人にのぼると推計している。
認知症との関係も無視できない。2024年7月に英医学誌『ランセット』の委員会が公表した報告は、修正可能な14の危険因子に対処すれば認知症の約45%を予防・遅延できる可能性があると指摘した。そのうち高齢期の社会的孤立は約5%を占めると推計されている。
日本に引き寄せて考えると、事の重さがわかる。総務省によれば、2026年9月15日現在の65歳以上人口は3624万人、総人口に占める割合は29.6%で過去最高だ。厚生労働省の研究班は、2025年の認知症高齢者を約472万人、軽度認知障害(MCI)を約564万人と推計している。
「つながり」は個人の気分の問題ではなく、医療・介護費や地域の活力にも響く社会的な変数になりつつある。とはいえ、「運動しましょう」「人と会いましょう」と言われて続けられる人は多くない。行動を変えるためのコストをどう下げるか。ここに、ゲームの手法を取り入れた設計(ゲーミフィケーション)の出番がある。
「孤立は本人が自覚しにくく、医療機関の側からも見えにくい。日常の楽しみの中に人と関わる接点を埋め込む発想は、予防の観点から理にかなっています。ただ、どの介入がどれだけ効くのかを語るには、研究の蓄積がまだ足りません」(美容・健康領域の事業開発に詳しい経営コンサルタント・岩崎理恵氏)
ゲームが「処方」される時代
米Akili社が開発した「EndeavorRx」は2020年6月、ゲーム形式のデジタル治療として初めて米食品医薬品局(FDA)から販売を認められた。対象は8〜12歳のADHD(注意欠如・多動症)の子どもだ。日本では塩野義製薬が「エンデバーライド」として2025年2月に製造販売承認を取得し、2026年5月に保険適用(償還価格1万4500円)、6月5日に発売している。