αの愛し子の黙示録(完結)

ろくなもんじゃねぇ

翌日は学校を休んだ。
母ちゃんには、学校を辞めたいといったら、辞めて良いし、しばらく家でゆっくりしてろと言ってもらえた。

一週間ほど休んで、母親と学校に行って退学について相談することになった。

会議室に通されると、校長先生と教頭先生と担任の先生がそろい踏みだった。
事情は理解しているが、これから別々に話を聞いてもらいたいと言われ、
退学するかはそのあと決めてほしいと言われた。

お母様はこちらにと言って、先生たちが母ちゃんを連れて部屋を出てしまった。
入れ替わりに、クソ医者と筑葉高校の生徒が2名入ってきた。
一人は生徒会長の朝倉先輩と、二人目は桐生だった。

クソ医者の話す内容は、かなり深刻なものだった。

俺の体はαフェロモンがゆっくり出てきていて、確実にα性への転換が進んでいる。
そのうち本格的なラットを起こすとのことだった。
ラットとはαの発情だ。
αにとって《初めてのラット》とは特別なものらしく、特に注意が必要なのだそうだ。
俺をこの学校に通うように勧めた理由はここにあったと、クソ医者は言う。

αは、普段はラットを普通にコントロールできている。
いきなり発情するなんてことはないのだ。
αやβと恋愛中にそういう雰囲気になったときは、自らラットを起こして発散する。
つまり、外から見た限り、βの行動と変わらない。

ところが、《初めてのラット》だけは違う。
それは突如起こるらしく、αは激しい性衝動に突き動かされる。
その場合は外から鍵をかけられる部屋に閉じ込めてラットが収まるまで待つしかないのだそうだ。
そうしていれば、半日から一日ほどで自然に収まる。

筑葉高校の保健室にはその隔離室があるのだそうだ。

ちなみに隔離をしなければ恐ろしいことになる。
Ωを襲えば、ヒートを起こしたΩの妊娠は不可避。
αやβを襲えば、この場合一度発散するとすぐ性衝動は収まるらしいが、強制性交。
いくら妊娠しづらいとはいっても、大惨事には変わりない。

「よ、抑制剤を飲めば、隔離部屋なんて必要なんじゃないのか？」
自分なりに理解して質問してみた。
すると、クソ医者からこう返ってきた。

「抑制剤は本当に体に良くないんだよね。
だからαはΩにあてられてコントロールを失いかけた時以外抑制剤は飲まないんだ。
あまり知られていないがね。」

じつはこれはクソ医者によるウソだった。
抑制剤がαの体に良くないことは確かだった。
しかし、皆最初のラットの時だけは抑制剤をのんで衝動を抑えていたのだ。
だから抑制剤のなかった昔はともかく、現代において隔離室なんてαには必要なかったのだった。

ならばなぜ隔離室が学校にあるのか。
それは、交流会でヒートを起したΩの為に用意されたものらしい。

それらの事実を隠したまま、俺の説得は続いた。
朝倉先輩の落ち着いた声が訴える。

｢もう分かっただろう?小山田はαだから筑葉に通わなければいけないんだ。
何かあったらα全体の責任になる。
最近までβだったのかもしれないが、今現在αであるお前には拒否権なんてない。
お前は自分は部外者だとか思っていそうだがな、間違いなくお前は俺たちの仲間･･･同類なんだよ。
だから普通の学校なんて諦めろ。
その為のサポートは約束する。」


人権無視しためちゃくちゃな発言なような気がするが、自信に満ちたものすごくいい声で、言うこと聞きたくなってくる…。
ぼんやり聞き入っていたら、桐生の声がカットインしてきた。

「だいたいαなんて言ったってそんなたいそうなものじゃないんだ。
むしろ他のバースに比べて情緒に何かしら問題ある奴が多いくらいだ。」

情緒に問題…思わずクソ医者の方を見たら、目が合った。
「ん？」なんて首をかしげている。
桐生の話は続く。

「高校生にもなれば、今さら下半身がらみで羞恥心だの慎みだの感じる殊勝な奴なんていない。
だから小山田も気にするだけ馬鹿を見るぞ。
ケツから血が出た?出たら拭けば良いだけなんだよ。
自分でケツが拭けなきゃ周りのαに拭いてもらえ。
その為の編入なんだ、分かったか?｣


桐生のフラットな語り口を聞いていると、つまんないことで退学だの騒いでいたようで、恥ずかしくなってきた。

｢ケツケツ言うなよなぁ。わ、分かったよ･･･｣

こうして、またもや俺の退学は見送られることになった。
とんだ辞める辞める詐欺になってしまったのだった。