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第三章 聖獣の主
58.名付け
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「絶対にダメです! 貴方の願いでも、それだけは聞き入れる事は出来ません」
「だって……」
「だって、ではありません。絶対に駄目です」
わたくし達は、先日産まれた我が子の名付けで揉めているのです。わたくしがカルロと付けたいと言った瞬間、マッティア様は怒り出し、絶対に駄目だと譲りません。
「まあまあ、そんなに声を荒げては驚いて泣いてしまうわよ。折角、良い子で眠っているのに……」
イザベラ様が仲裁に入って下さいますけれど、マッティア様の雰囲気が軟化する事はありません。
あの後、女官長により初乳を絞って頂き、御子にあげた以外は、乳母の乳で育てる事になったのですけれど……。
出来る限り、触れ合いたいとお願いして、わたくしが見られる時は、お世話をさせて頂いているのです。勿論、乳母であるステラにサポートしてもらいながらですけれど。
そして、そのおかげかイザベラ様もちょくちょく遊びに来て下さっているのです。まあ、孫可愛さにでしょうけれど。
「ベアトリーチェ、御子の名は元老院と協議の末、こちらで決めます」
わたくしが、ぼんやりと他の事を考えている間に、マッティア様がとんでもない事を言い出し、退室しようとしたので、わたくしは慌てて、マッティア様のお召し物を掴みました。
「い、嫌です。2人で決めようと言ったら、それで良いと仰ったじゃないですか! それなのに、何故……、突然意見を変えるのですか?」
「そうよ、マッティア。意見をころころ変える男は嫌われるわよ」
わたくし達の言葉にマッティア様が深い溜息を吐きました。だけれど、わたくしだとて負けません。許して頂くまでは、お召し物を掴んでいる手も離しません。
「分かりました。では、何故カルロという名が駄目なのかを説明しましょう」
そう言って、マッティア様は説明して下さいました。声が怒っています……。
マッティア様のお話によると、わたくしがカルロ・カタルーニャ侯爵の妻だった事は、周知の事実なのだそうです。この一連の出来事を全て知られている状況で、御子にカルロという名を付けるのは、王家の威信に傷がつく行為らしいのです。
「威信なんて……」
「くだらないように見えて、案外大切なのですよ。それに、私自身気に入らないというのが、一番大きいです。器が小さいと言われようが、ベアトリーチェの口からカルロという名を、これから先何度も聞くのかと思うだけで忌まわしい」
マッティア様の言葉に、わたくしはカッとなり気がついたら、マッティア様の頬を打っていました。
わたくし達の言い合いを見ていられないと思ったのか、イザベラ様が乳母のステラと御子を連れて、「好きなだけ、やっていなさいな」という言葉を残し、退室して行かれました。
イザベラ様たちが出て行ったあとの、マッティア様の雰囲気は、とても恐ろしいものでした。イザベラ様たちがいるから、強気に出れていたのに、置いて出て行くだなんて……。
この雰囲気は、あの日のペガゾ様と眠ったと知った夜のような、凄く怖い雰囲気です……。
わたくしは、身の危険を感じ、後ずさり部屋から逃げようとしましたが、マッティア様に捕まり、それは叶いませんでした。
「何処に行くのですか? まだ話の途中ですよ」
「だって、マッティア様は怒っておられるではないですか! 冷静に話が出来るまで、お部屋を出て行こうかと……」
「此処は貴方の部屋ですよ。何処に行くつもりですか?」
うぅ……、怒ったマッティア様は恐ろしいのです。
「わたくしもイザベラ様のところに……」
「行きたいなら、名付けを私に任せなさい」
「…………マッティア様」
わたくしは恨めしそうに、マッティア様を睨みましたが、マッティア様のお顔は無表情で冷たいままです。
わたくしは、これ以上駄々を捏ねても良い結果を得られないと思いました。
「カルロ様の名は諦めます。だけれど、わたくしたちの御子なのですから、わたくしたちで決めたいのです。ちゃんとマッティア様の意見も聞くので……」
わたくしはドレスを掴みながら、マッティア様をじっと見つめました。すると、マッティア様がひとつ息を吐き、仕方ないというように、わたくしの頭を撫でました。
「私はベアトリーチェの名を付けたいのです」
そう言ったマッティア様は、先程のように怖い雰囲気ではなく、いつもの優しい笑顔でした。
わたくしはホッとしましたけれど、ふいに疑問に思い、首を傾げました。
「わたくしの名を男性名に変えるのは難しいと思われますよ」
「そうなのですよ、色々考えたのですが難しくて……。頭文字くらいしか取れないのですよね……」
マッティア様が真剣に悩んでいます。その様子に、わたくしは笑ってしまいました。
そんなに真剣に悩んで下さっていたのに、カルロ様の名を付けたいなどと言われれば、怒るのは無理もありません。
「何故、笑うのですか? 難しいのは承知の上ですが、考えてみませんか?」
「2人の名の音を取るのであれば、マッチェリーノ、マッティリアーノなどはどうでしょう?」
わたくしは、どうせなら2人の名を組み合わせた方が良いと思い、そう提案致しました。
「ちょっと待って下さい! 貴方の名より私の名に近くないですか?」
「そうですか? わたくしの名の "ri" や "ce" を入れていますよ?」
わたくしがそう言い、首を傾げると、マッティア様が眉間にしわを刻みながら悩んでいます。
「わたくし、あの子の事をマッティと呼びたいので、やはりマッティリアーノでしょうか?」
「マッティと呼びたいなら、私の事をそう呼べば良いでしょう」
「え? それは何か違いませんか?」
私が首を傾げると、マッティア様が違わないと仰いました。凄く、真剣な表情にわたくしは、少し引いてしまいました。
「マッティリアーノ・フェリーチェ、良いと思うのですけれど……」
「ですが……。私の事をマッティと呼んで欲しいのです」
マッティア様が、頑として引きません。失敗してしまいました。マッティと呼びたいなどと言わなければ良かったのです……。
結局、色々話し合いの末、リッティオ・フェリーチェという名で落ち着きました。
そして、2人きりの時はマッティと呼ぶという不本意な約束までさせられました。
「さあ、ベアトリーチェ。私のことをマッティと呼んでみて下さい」
「え……ですが……。わたくし、イザベラ様たちに、名が決まったことを知らせたいのです。マッティア様も元老院の方たちに、知らせに行って下さいませ」
そう言って、逃げようとしましたが、またもやマッティア様に捕まってしまいました。わたくしは溜息を吐いて、マッティア様を睨みましたが、まったく気にしていないようです。鬱陶しいくらい、ニコニコしています。
「何を恥ずかしがっているのですか? 寝所では、よく呼んでくれているではないですか」
「寝所……?」
呼んだことなんてあったでしょうか?
わたくしが首を傾げて思い出そうとしていると、マッティア様がニヤニヤと気持ちの悪い笑顔を浮かべました。
「ほら、最中によくマッティ、もうダメと言っているじゃないですか」
わたくしはその瞬間、全身が沸騰したように熱くなり、顔から火が出そうでした。
未だにニヤニヤしているマッティア様を睨みつけた後、わたくしは背中を向けました。
「あ、あれは別にそう呼んでいるわけではないのです」
「分かっていますよ。感じ過ぎて呂律が回らず、マッティア様と呼びたくても呼べないのですよね?」
その言葉に、わたくしは更に顔が熱くなりました。背中を向けているのに、マッティア様のニヤニヤしている顔が見えてきそうです。
「もうマッティア様なんて知りません。絶対、マッティなどと呼びません」
「仕方ない。寝所の中だけの楽しみに取っておきましょうか」
わたくしは、マッティア様の言葉に振り返り、口をパクパクさせてしまいました。そんなわたくしを見て、マッティア様はとても楽しそうです。
「だって……」
「だって、ではありません。絶対に駄目です」
わたくし達は、先日産まれた我が子の名付けで揉めているのです。わたくしがカルロと付けたいと言った瞬間、マッティア様は怒り出し、絶対に駄目だと譲りません。
「まあまあ、そんなに声を荒げては驚いて泣いてしまうわよ。折角、良い子で眠っているのに……」
イザベラ様が仲裁に入って下さいますけれど、マッティア様の雰囲気が軟化する事はありません。
あの後、女官長により初乳を絞って頂き、御子にあげた以外は、乳母の乳で育てる事になったのですけれど……。
出来る限り、触れ合いたいとお願いして、わたくしが見られる時は、お世話をさせて頂いているのです。勿論、乳母であるステラにサポートしてもらいながらですけれど。
そして、そのおかげかイザベラ様もちょくちょく遊びに来て下さっているのです。まあ、孫可愛さにでしょうけれど。
「ベアトリーチェ、御子の名は元老院と協議の末、こちらで決めます」
わたくしが、ぼんやりと他の事を考えている間に、マッティア様がとんでもない事を言い出し、退室しようとしたので、わたくしは慌てて、マッティア様のお召し物を掴みました。
「い、嫌です。2人で決めようと言ったら、それで良いと仰ったじゃないですか! それなのに、何故……、突然意見を変えるのですか?」
「そうよ、マッティア。意見をころころ変える男は嫌われるわよ」
わたくし達の言葉にマッティア様が深い溜息を吐きました。だけれど、わたくしだとて負けません。許して頂くまでは、お召し物を掴んでいる手も離しません。
「分かりました。では、何故カルロという名が駄目なのかを説明しましょう」
そう言って、マッティア様は説明して下さいました。声が怒っています……。
マッティア様のお話によると、わたくしがカルロ・カタルーニャ侯爵の妻だった事は、周知の事実なのだそうです。この一連の出来事を全て知られている状況で、御子にカルロという名を付けるのは、王家の威信に傷がつく行為らしいのです。
「威信なんて……」
「くだらないように見えて、案外大切なのですよ。それに、私自身気に入らないというのが、一番大きいです。器が小さいと言われようが、ベアトリーチェの口からカルロという名を、これから先何度も聞くのかと思うだけで忌まわしい」
マッティア様の言葉に、わたくしはカッとなり気がついたら、マッティア様の頬を打っていました。
わたくし達の言い合いを見ていられないと思ったのか、イザベラ様が乳母のステラと御子を連れて、「好きなだけ、やっていなさいな」という言葉を残し、退室して行かれました。
イザベラ様たちが出て行ったあとの、マッティア様の雰囲気は、とても恐ろしいものでした。イザベラ様たちがいるから、強気に出れていたのに、置いて出て行くだなんて……。
この雰囲気は、あの日のペガゾ様と眠ったと知った夜のような、凄く怖い雰囲気です……。
わたくしは、身の危険を感じ、後ずさり部屋から逃げようとしましたが、マッティア様に捕まり、それは叶いませんでした。
「何処に行くのですか? まだ話の途中ですよ」
「だって、マッティア様は怒っておられるではないですか! 冷静に話が出来るまで、お部屋を出て行こうかと……」
「此処は貴方の部屋ですよ。何処に行くつもりですか?」
うぅ……、怒ったマッティア様は恐ろしいのです。
「わたくしもイザベラ様のところに……」
「行きたいなら、名付けを私に任せなさい」
「…………マッティア様」
わたくしは恨めしそうに、マッティア様を睨みましたが、マッティア様のお顔は無表情で冷たいままです。
わたくしは、これ以上駄々を捏ねても良い結果を得られないと思いました。
「カルロ様の名は諦めます。だけれど、わたくしたちの御子なのですから、わたくしたちで決めたいのです。ちゃんとマッティア様の意見も聞くので……」
わたくしはドレスを掴みながら、マッティア様をじっと見つめました。すると、マッティア様がひとつ息を吐き、仕方ないというように、わたくしの頭を撫でました。
「私はベアトリーチェの名を付けたいのです」
そう言ったマッティア様は、先程のように怖い雰囲気ではなく、いつもの優しい笑顔でした。
わたくしはホッとしましたけれど、ふいに疑問に思い、首を傾げました。
「わたくしの名を男性名に変えるのは難しいと思われますよ」
「そうなのですよ、色々考えたのですが難しくて……。頭文字くらいしか取れないのですよね……」
マッティア様が真剣に悩んでいます。その様子に、わたくしは笑ってしまいました。
そんなに真剣に悩んで下さっていたのに、カルロ様の名を付けたいなどと言われれば、怒るのは無理もありません。
「何故、笑うのですか? 難しいのは承知の上ですが、考えてみませんか?」
「2人の名の音を取るのであれば、マッチェリーノ、マッティリアーノなどはどうでしょう?」
わたくしは、どうせなら2人の名を組み合わせた方が良いと思い、そう提案致しました。
「ちょっと待って下さい! 貴方の名より私の名に近くないですか?」
「そうですか? わたくしの名の "ri" や "ce" を入れていますよ?」
わたくしがそう言い、首を傾げると、マッティア様が眉間にしわを刻みながら悩んでいます。
「わたくし、あの子の事をマッティと呼びたいので、やはりマッティリアーノでしょうか?」
「マッティと呼びたいなら、私の事をそう呼べば良いでしょう」
「え? それは何か違いませんか?」
私が首を傾げると、マッティア様が違わないと仰いました。凄く、真剣な表情にわたくしは、少し引いてしまいました。
「マッティリアーノ・フェリーチェ、良いと思うのですけれど……」
「ですが……。私の事をマッティと呼んで欲しいのです」
マッティア様が、頑として引きません。失敗してしまいました。マッティと呼びたいなどと言わなければ良かったのです……。
結局、色々話し合いの末、リッティオ・フェリーチェという名で落ち着きました。
そして、2人きりの時はマッティと呼ぶという不本意な約束までさせられました。
「さあ、ベアトリーチェ。私のことをマッティと呼んでみて下さい」
「え……ですが……。わたくし、イザベラ様たちに、名が決まったことを知らせたいのです。マッティア様も元老院の方たちに、知らせに行って下さいませ」
そう言って、逃げようとしましたが、またもやマッティア様に捕まってしまいました。わたくしは溜息を吐いて、マッティア様を睨みましたが、まったく気にしていないようです。鬱陶しいくらい、ニコニコしています。
「何を恥ずかしがっているのですか? 寝所では、よく呼んでくれているではないですか」
「寝所……?」
呼んだことなんてあったでしょうか?
わたくしが首を傾げて思い出そうとしていると、マッティア様がニヤニヤと気持ちの悪い笑顔を浮かべました。
「ほら、最中によくマッティ、もうダメと言っているじゃないですか」
わたくしはその瞬間、全身が沸騰したように熱くなり、顔から火が出そうでした。
未だにニヤニヤしているマッティア様を睨みつけた後、わたくしは背中を向けました。
「あ、あれは別にそう呼んでいるわけではないのです」
「分かっていますよ。感じ過ぎて呂律が回らず、マッティア様と呼びたくても呼べないのですよね?」
その言葉に、わたくしは更に顔が熱くなりました。背中を向けているのに、マッティア様のニヤニヤしている顔が見えてきそうです。
「もうマッティア様なんて知りません。絶対、マッティなどと呼びません」
「仕方ない。寝所の中だけの楽しみに取っておきましょうか」
わたくしは、マッティア様の言葉に振り返り、口をパクパクさせてしまいました。そんなわたくしを見て、マッティア様はとても楽しそうです。
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