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第三章 聖獣の主

66.ペガゾの指摘

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 翌朝、わたくしは寝坊をしてしまいました。起きると、またマッティア様はいません。
 おそらく、寝ていないのだと思います。あの方にこそ、疲労回復のポーションが必要なのだと思うのですけれど……。



 うぅ……、腰も喉も痛いです。声が未だに掠れている気が致します……。

 想いが通じ合ったとはいえ、マッティア様ったら無茶をしすぎです。
 あんなに何度も何度も……。そんなことを考えていたら、昨夜のことを思い出してしまい、わたくしは赤面してしまいました。顔が熱いのです。




「で、全て覚えられたのか?」
「いえ、まだです。やっと半分を過ぎたくらいというところでしょうか……」


 執務室で皆様のお仕事を眺めながら、わたくしがマッティア様からの罰をこなしていると、ペガゾ様が突然やって来られました。



「2週間かけてそれか? ベアトリーチェは努力が足りないぞ」
「わたくしだって頑張っているのです! それに他にする事もありますし……」


 わたくしは慌てて、否定致しました。別にわたくしは遊んでいるわけではないのです。わたくしなりに、必死に覚えようと努力しているのです。


 最初は、わたくしだとてマッティア様を恨みましたけれど、結果としてわたくしの事を考えて、与えて下さったのだと、今なら分かります。



「イストリアの聖獣イレーニアの話だと、アリーチェは王妃教育を己に課し、お前がやっているのと同じようにイストリアの法や制度を3日で覚えたらしいぞ。勿論、神殿業務をこなしながらだ」
「3日? そんな、イストリアは我が国より大国なのですよ。そんな事到底……」


 これにはわたくし以外も、執務室にいた議官の方もざわつきました。
 頭の良い方だと思っていましたが、まさか……そんな……。



「イストリアの首座司教は鬼のように厳しい男だからな。3日くらいしか時間をくれぬらしいぞ。そして、覚えると試験がある。一言一句間違えずに言えるまで終わらぬ試験が。マッティアは怒ると怖いが、そこまではせぬだろう?」
「アリーチェ様は凄い方なのですね……」


 とてもじゃありませんが、出来が違います。
 一言一句間違えずに言えるまで終わらない試験なんて恐ろしすぎます……。



「出来が違うって顔をしているが、違うのは覚悟と立っている土俵だけだ」
「覚悟と立っている土俵?」



 わたくしは首を傾げました。わたくしに、覚悟が足りないというのでしょうか?



「アリーチェは今でこそ王妃だが、元々は属国から送られた人質の王女だ。イストリアの中で己が生き残る為に足掻き、それこそ血の滲むような努力をしたのだろう。そして、今はその国の聖獣ルーポを取り込み、イストリアはかつてない強大な国となった。2柱の聖獣に守護されたイストリアは今や無敵だ」



 わたくしは目を瞬きました。アリーチェ様にそのような過去が……。本当に素晴らしい方なのですね……。


 立っている土俵が違う……確かにそうでしょう……。わたくしは生贄のように捧げられましたが、生き残る為に足掻いた事はありません。寧ろ、マッティア様を殺し、己も死ぬ事ばかりを考えておりましたし。



「イヴァーノだってそうだ。そんなアリーチェに釣り合うように、王位に就くまでの間、いや今もベアトリーチェが考えられぬくらいの努力をしている」


 わたくしが黙って聞いていると、議官の方たちも同じように聞いています。心なしか、ペガゾ様を見るマッティア様の目が怖い気がします。


 
「マッティアだってそうだぞ。この男が纏う雰囲気や持ち得る知識、力、それを得る為にどれ程の努力をしたと思うのだ?  ベアトリーチェはそこまでの努力をしているのか? マッティアの隣に並び立てる女王としての努力をしているのか?」
「……わたくしは」


 ……していません。……出来ていません。
 努力をしているつもりで、皆様のように出来ているかと問われれば、出来ていません。
 女王になりたいと言いながら、結局マッティア様に甘えています。



「申し訳ありません……」
「ペガゾ殿! お言葉が過ぎますぞ。王妃陛下は、日々頑張っておられます。人には各々のペースというものがあるのです」
「そうですぞ、王妃陛下は本来、婚姻前に受ける筈だった正妃教育を受けられておりません。なので、今頑張っておられるではないですか!」


 議官の方が庇って下さいます。
 ですが、それではダメなのです。わたくしは、いつしかマッティア様に甘え……己を奮い立たせる事を怠っていたのかもしれません。元来、夢見がちで、甘えが強い性格なのですから、もっと頑張らないと……。


「そうやって甘やかすから、ベアトリーチェがいつまでもトロいのだ! 我が主なら、もう少し賢くなれ!」
「も、申し訳ありません。以後、今まで以上に精進致します」


 わたくしは立ち上がり、頭を下げました。
 ペガゾ様の普段の態度で、わたくし……お友達のように感じていました……。本当に申し訳ないのです……。



「ベアトリーチェ、気にする必要はありません。議官たちの言うように、貴方は努力をしています。ペガゾは、おやつを食べられぬから苛々しているだけですよ」


 そう言って、マッティア様がペガゾ様を冷ややかに見つめると、ペガゾ様はマッティアのバカ! と叫びながら去っていかれました。

 図星だったのですね……。



「ですが、わたくしがトロくて出来が悪いのは、今に始まったことではありません。出来るだけ、改善出来るように努力致します」
「ベアトリーチェ、人には得手不得手というものがあります。時間がかかってはいても、貴方もちゃんと、身についています。大切なのは過程ではなく結果です。結果的に覚えられるのであれば、それで良いのです」



 マッティア様の言葉に、議官の方たちも同意して下さっています。皆、とても優しいのです。だけれど、それではダメなのです。


 わたくしもマッティア様の隣に立っても、恥ずかしくない人間になりたいのです。
 わたくしもアリーチェ様やイヴァーノ様のご夫婦のようになりたいのです。誰もが憧れ、認める夫婦になりたいのです。



 その為に、わたくし……今まで以上に努力を致します。アリーチェ様が疲労回復に特化したポーションを作っていらっしゃるのは、その為なのですね。
 わたくしもそのポーションを使い、誰にも付け入らせる事のない王妃に、そして女王になってみせます。


 その後、わたくしは10日かけて残りの半分を覚えました。ポーションを飲みながら徹夜で覚えたので、マッティア様たちに心配をかけてしまいました。



「ベアトリーチェ、もう辞めなさい!」
「マッティア様だって、最初は覚えるまで寝てはいけないと言ったではないですか!」
「それは、そうですが……。貴方がそうしようとしているのは、ペガゾの戯言からでしょう? 不健康な真似はもう辞めなさい!」


 度々、マッティア様を困らせて言い争いになってしまいましたが、何とかやり遂げました。


「よくやりましたと褒めて差し上げたいのですが、貴方がいつ倒れてしまうのかと……今回は本当に肝を冷やしました。怒りに任せ、何という事を命じたのかと……、何度も後悔しましたし……。元々私が言い出した事とは言え、見ていて気分の良いものではありませんでした。本当に申し訳ありません」



 マッティア様がわたくしを抱き締め、そう謝って下さいますが、わたくしは首を横に振りました。


「いいえ、これからも王妃として、女王として、必要な事では甘やかさないで下さいませ。わたくし、マッティア様の恥にはなりたくないのです。わたくし、貴方の横に並び立てるようになりたいのです」
「ベアトリーチェ……」


 マッティア様がわたくしを強く抱き締め、了承して下さいました。そして、協力するとも言って下さいました。



 その後、わたくしは少し気を抜いてしまったのか、熱を出して寝込んでしまいました。
 そして、それからひと月近く経った頃、懐妊が発覚したのです。


 あの、心を通わせた夜の御子みこです。わたくしは何だか、とても嬉しくなりました。
 そして、この御子がわたくしを女王へと導いてくれる光となってくれるのです。


 わたくしは、とても暖かい気持ちになり、お腹をそっとおさえました。



 1人目の御子、リッティオは生後半年程経ちます。年の近い "きょうだい" として、仲良く手を取って良い道に進んで行ってくれるでしょう。
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