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第19話 最後に勝つのはFカップかHカップか

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 プスン、と導火線の火は、タルに達した瞬間に消えてしまった。

 爆弾は爆発しなかった。

「な――⁉」

 アイヴィーは焦りの声を上げる。

 ライカの最後の番で、爆発が起きなかった……ということは、残る一本の導火線……ニハルが火をつけないといけない線が、火薬につながっている、ということになる。

 つまり、この勝負は、ニハルの負けだ。

「は……あはは……あはははは!」

 なぜかライカもまた、自分が勝利したことを信じられない様子で、妙な笑い声を立てた。

「勝った! 私の勝ちだよ! おねーさま、さあ、負けを認めて!」

 それに対して、アイヴィーは物言いを仕掛ける。

「おい! こんな勝負、無効だ! 無効! だいたい、このタル爆弾は、お前が持ってきたものじゃねーか! どれが火薬につながってるか、お前だったらわかるはずだろ! インチキだ!」
「ち、違うもん! このタル爆弾を作ったのは、私じゃないもん!」
「信用できるか! ニハル、こいつのペースに乗せられるな――」

 とニハルに向かって言った瞬間、アイヴィーはギョッとして、目を見開いた。

 ニハルは、盗賊の一人から火打ち石を借りて、自ら進んで最後の導火線に火をつけようとしている。

「お、おい⁉ 何してるんだよ! やめろ!」
「へーき、へーき♪」
「平気なわけあるか! その導火線は、火薬に――!」
「私、わかっちゃったんだ♪」

 ボッ! と導火線に火がついた。見る見るうちに、タルに向かって、火は近付いていく。

「ちくしょう!」

 せめてタル爆弾を奪い取らん、とばかりに、アイヴィーはニハルへと駆け寄ろうとしたが、

「手出ししないで!」

 予想もしなかったニハルの厳しい声で制されて、思わず、アイヴィーは動きを止めてしまった。

「ライカは、本当は、どの導火線が火薬に直結しているか、わかってたんでしょ?」
「それ、オレが言ったじゃねーか! そうに決まってるだろ! だから、そのガキが勝つに決まって――」
「だから、わざと負けを選んだ」
「――え?」

 アイヴィーは、ニハルの言葉の意味をすぐには理解出来ず、戸惑った。

 それ以上に動揺しているのは、ライカだった。

「な、何を言ってるの、おねーさま」
「すごいよね。全然、表情に出さないからわからなかったよ。さすが凄腕のディーラー。だけど、私、わかっちゃったんだ」
「何がわかった、っていうの!」

 火が、タルに達しようとする瞬間、ニハルはニコッと微笑んだ。

「最初の導火線が、実は当たりだったんでしょ?」

 プスン――最後の導火線もまた、爆発に至ることなく、燃え尽きてしまった。

 不発。

 それは、全ての導火線がフェイクであったと考えられるかもしれない。

 しかし、ニハルの指摘に対して、ライカは何も言い返せずにいる。沈黙こそが、最初の導火線が実は火薬に直結しているものだったと示している。

「よく考えれば、あなたが私を危険に晒すわけがないわ。だって、ライカは、私のことが大好きだもんね」
「そ、そうよ。だから、私はおねーさまに――」
「あなたの真意を全部理解したわけじゃないけど、これだけは言えるわ。強引に先攻を選んで、導火線に火をつけた時、あなたは自分の命を失うことを覚悟していた。でも、なぜか爆発しなかった。『間違いないのに!』『この導火線で爆発するはずなのに!』かなり動転したんじゃない?」
「う……」
「ねえ、ポチョムキン! このタル、割ってちょうだい!」

 ニハルに頼まれたポチョムキンは、たくましい筋肉の両腕でタルを抱え込むと、ふん! と気合を入れて、バキッと圧迫することで割り砕いた。

 タルの中身が明らかになる。サラサラと火薬がこぼれ落ちていく中、各導火線がどこへつながっていたか、種明かしされる。

 ニハルの言ったとおりだった。ライカが最初に選んだ導火線だけが、タルの中まで伸びており、他の導火線はタルの外層に埋まっていて火薬には達していない。

「ど、どういうことだよ⁉」

 すっかり混乱しているアイヴィーは、ニハルに答えを求めたが、ニハルもまたそれ以上のことはわからないのか、さあ? と肩をすくめた。

「私、そこまで頭よくないから。ライカが話してくれないと、わかんない」

 そこで、ライカはその場にペタンと座り込み、ワッと泣き出した。

「ふえええーん! だって! だって! ずっと、ずっと、おねーさまにアプローチしてるのに、おねーさま、私に全然興味ないんだもん! だから、せめて、おねーさまの記憶に残りたいって思って、それで、思いきり目の前で綺麗に散ってやろうと思ってたのにー!」

 幼さ全開で泣き喚きながら、とんでもないことを言い放つ。

「なんでよー! なんで、爆発しなかったのー!」
「まあ、そういうこともあるんじゃない? 導火線が湿っていたとか?」
「わけわかんない! どうしてよー!」

 ……実のところ、ニハルは内心「計算通り」とほくそ笑んでいる。

 ニハルのスキル「ギャンブル無敗」は、ギャンブル勝負に必ず勝つ効果を持つ。だが、それだけではない。

 もう一つの効果として、「敗者は、賭けの対価を必ず支払うことになる」というものがある。

 今回の爆弾ギャンブルを始める際に、ニハルは賭けの対価として、「私の勝ちが確定したら、ライカが私に隠していること全部話してもらうわ」と要求した。
 すなわち、もしもライカが死んでしまうと、ライカは賭けの対価を支払えないことになってしまう。
 そんな事態は、「ギャンブル無敗」のスキルが許さない。
 絶対にライカには生き残ってもらって、対価を支払ってもらわないといけない。

 だから――スキルの効果が発動して――爆発は起きなかったのだ。

(あの時、咄嗟に、あの約束を取り交わしておいてよかった……!)

じゃないと、ライカは、いまごろ爆死していたはずだ。

「もう終わりよー! 私なんて、カジノにもいられないし、おねーさまをモノにできないし、生きてる意味なんてないのに……死ぬこともできないなんてー!」
「えーっと、そのことだけど、ライカ」

 こほん、とニハルは咳払いした。

「どうかな? このコリドールで、一緒に暮らしてみない?」
「いやよ! おねーさまが私のモノにならないのに、ただ一緒に暮らすなんて、生殺しもいいところよー!」
「諦めるの、まだ早いんじゃない?」

 ニハルは身をかがめて、へたり込んでいるライカの顔を覗きこみ、優しい笑顔を向けた。その慈愛に満ちた笑みに、ライカは泣き喚くのをやめて、陶然と見つめている。

「おねーさま……?」
「私、ライカのこと、好きだよ。ちょっと、その熱いアプローチは苦手だけど、それでも、ずっとアタックされ続けたら、もしかしたら……ぐらついちゃうかも♪」
「え、え、それって」
「可能性がゼロじゃなければ、まだまだ頑張ってみる価値は、あるんじゃない?」

 そう言って、ニハルは手を差し出した。

「一緒に生きてみない? このコリドールで。あなたのその情熱と、そのパワー、私は必要としているから♪」
「あ……ああ……あああ……」

 ライカはボロボロと涙をこぼし始めた。

 女神だ。ここに女神がいる。

「おねーさまああああ! 愛してるーーーー!」

 ピョーン! と勢いよく飛び上がったライカは、そのままニハルの胸へとダイブし、おっぱいの谷間に顔を埋めて、スリスリを始めるのであった。
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