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新妻になりました

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「大丈夫だ。ワームも、キリムも倒した。だから転移魔法を使って……ここで、休ませてくれ」

「え? 魔法? 休むなら何も、ここでなくても。それに、こんな急に……」

 闖入者の正体に安堵しつつも、突然すぎる訪問にシオンは困惑した。

「疲れてるかもしれないけど、寝る前にお風呂に入ったほうがいいわ。ね、ヴァイス、ちょっと起きられる?」

 主の乱入に対処できないでいるサラを横目に、シオンは床に膝を付いた。

 いくら消耗したにしても、床で寝るなんて不衛生だし行儀が悪い。

 床に転がるヴァイスを抱き起こそうと、腕を持ち上げ自らの首に掛けさせる。

「奥様、人を呼んできましょう……」

 次いで腹部に手をかけて、引っ張り起こそうと試みた。

 ヴァイスは見た目は細いのに、想像以上に重量がある。やっぱり誰かに手伝ってもらおう。

 そう、諦めかけた時だった。

 ぬるっ

(……え?)

 ぬるりとした感触があって、手が滑る。

 違和感のあった左手を持ち上げると、そこにはべっとりと血が付いていた。

「え!?」

 驚きで目が点になる。

 次は、くらりと目眩に襲われた。

 血はヴァイスから流れ出ているものだ。

 彼はかなりの重傷を負っていた。

「ーーっ」

 声にならない悲鳴が喉の奥で潰れた。

 引き上げかけたヴァイスの身体が傾いて、慌てて抱き止めるが支えきれない。

(怪我、してるの!?  なんで?)

 こんな大怪我を負いながらも転移魔法を使ってまで帰って来たの?

 なんで休まず、治療を受けずに邸に戻って来たの? 様々な疑問が頭を占める。

「怪我してる! だ、誰か、お医者さん呼んで。サラ!」

「ハイっ、奥様……!」

 サラは声に弾かれるように部屋を飛び出した。

 大きな声を張り上げて、階下に人を呼びに行く。

 しかし、シオンは、指示を出したものの、怪我人が目の前にいるのに、すっかり動転してしまって身体が動かない。

(どうしよう、どうしたらいい?)

 血はドクドクと今も流れ続けていて、衣服を朱に染めていく。

 早く傷を塞がないと。傷はどこだろう?

 でないと、死んでしまうかもしれない。

 ぎゅっと、シオンは心臓を掴まれたように身体を縮めた。

 シオンの不安に感化されたように、「ふぇえ」とリラがぐずり出す。

 一瞬、気を取られるが、咄嗟に頭を巡らすーーリラは揺籠の中だ。

 まだ、寝返りも打てないから、焦るべきはそこじゃない。

「ヴァイス、しっかりして。今、お医者さんを呼ぶから」

 傷の具合がわからない。

(どうしたら……)

 そう考えかけたところで、不意にヴァイスと目が合った。

「医者は、いい。シオン……少し、魔力を分けてくれ」

「魔力? でも私、魔法なんて使えない」

「大丈夫だ。俺がやる。顔を寄せて」

「えっ、顔? あ、こ……こう?」

 ヴァイスはかろうじて首を上げる。肩でする息と共に声を吐き出した。

 シオンは言われた通りにヴァイスの顔を覗き込む。

(ーーなんで、顔を?)

 疑問が言葉になる前に、荒々しく後頭部を掴まれ、引き寄せられた。

「ン……っ」

 目の前にヴァイスの顔がいっぱいに広がり、ほとんど目元しか見えなくなる。

 何が起きているのか、すぐには理解ができなかったが程なくして唇が塞がれていると気づいた。

 何で唇を塞いでいるのか。かなりの重要案件のはずなのに、考える余裕がない。

 気づくのとほぼ同時に、急速に身体から力が抜けていく。

 指の先のほうから痺れるように熱が失われて、代わりに冷たい何かが呼気と共に注がれている感覚がした。

(チカラが、入らない……。どうしよう、ヴァイス、怪我してるのに。リラも)

 見開いた目から視力が消失していく。

 肌理きめの細かいヴァイスの肌色も見えなくなって、シオンの視界は真っ暗になった。

「――大公様、奥様!」

 意識が完全に落ちる直前、遠くでサラの叫びが聞こえた気がした。
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