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第44話 飛んで火に入るダブステップ 9

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 一方、その頃。

 勝に言われ走り出した八重は、行く先を何処にすればいいのかと悩んでいた。
 すぐ駆け込める頼れそうな所、なんてすぐに思いつくはずもなかった。
 親戚一同は違う県にいるし、そもそも気軽に頼れる関係性にない。
 友人としてすぐに頼れて家まで知ってるのは愛依だが、今は学校に行ってるだろうし──。

「ハァ、ハァ、ハァ、そう、言えば、LINE、で何も、伝えてなか、った」

 満身創痍の勝とは違えど八重も夜通し走り回っていたので、体力の限界が来ていて僅かな距離の走行でも息が上がってしまっていた。
 部活動などスポーツをしてこなかったので、元々長距離を走る体力に自信などなかった。
 極道の娘として体力作りは必要なのかもと、八重はこの騒動が終わったらスポーツウェアを買うことに決めていた。

 愛依に対して事の説明と自分の無事を伝えなければならないと思いつつも、周りを気にしつつの逃走劇にスマートフォンを操作してる暇は無い。
 LINEに集中して捕まりました、なんてそんなドジを助けてくれている勝には絶対言えたもんじゃない。

 他に頼れる所は?
 その疑問の答えをかつて若頭の遊川から聞いたことがある。

「お嬢に危険が及ぶことがあったら、遠慮なく組のモンを使ってください」

 そう言われて八重はその時は苦笑いを浮かべ首を横に振った。
 組の者を使う、ということは千代田組の娘であるということを惜しみ無く使うということで、それは父親の権力を頼るということだ。
 八重はその極道としての生き方で父親が家族を省みず、母親を苦しめていたことに嫌悪を抱いていた。
 そんな人に惚れた私のせいだ、と母親は言っていたが八重は病室でやつれていく母親を看病《み》ていたので納得など出来るものではなかった。
 病に死に伏せる母親を看取ることすらしなかった父親。
 母親は最後まで父親に対して恨み言の一つも言わなかった。
 むしろ病に伏せる自分が悪いのだと、父親にも八重にも謝っていたぐらいだ。
 そんなこと言わないでよお母さん、と返せてたのは初めの方だけで死に近づく母親に八重は何の言葉も返せなくなっていた。
 私が言えない言葉を母親に言って聞かせる役は父親のはずだと、直談判したが聞いてはもらえなかった。

 親戚も、友人も、家族も、嫌悪感から顔すら覚えてない組員も、頼れないとなると向かうのは候補に挙げられた警察、交番だ。
 愛依がクスリを買ったのを説教して止めた後に、売人撲滅にと頼ろうとした際に警察は大した働きをしてくれなくてそれ以来頼るということに前向きではなかったのだけれど、今は頼る他になかった。

 この辺りの交番は、と八重は頭の中で道筋を必死に思い出す。
 頼る気が無かったら覚える気も無いに等しく、どこの道の先に交番があるかなかなか思い出せずにいた。
 辺りを見回すと平日昼間なのに若い男性の姿がチラホラ見えて、八重に緊張が走った。
 平日昼間なのに、というのが極端な考え方であることも考え足らず、昨日からずっと襲撃してきたチンピラに似た服装なら誰彼構わず警戒していた。
 道は真っ直ぐに走れず、怪しいと思える人物が見えたら避けて道を変えていく。
 そうすることで必死に思い出そうとする交番の位置がよりわからなくなっていく。
 いっそ何処かの角に隠れて110番した方が早いんじゃないかとさえ思えてくるが、そうして通報して駆けつけてくれる警官を待ってる時間も怖い事態だ。
 というよりも、そもそもチンピラに襲われてますと電話で通報したぐらいで警察は駆けつけてくれるのだろうか、という疑問もあった。
 近くの交番に駆け込むよう薦められるだけなのではないだろうか?

 道を逸れて逸れて変えて変えて、回るように走り続ける八重。
 頭の中もぐるぐると回り始める。
 慣れない長距離走、逃走劇に思考は冷静さを失いつつあった。
 もう、コンビニに駆け込んでトイレに籠った方が正解なんじゃないか──。

「そ、それだ! ハァ、ハァ、流石に、トイレに、殴り込んでは、来ないでしょ」

 我ながら名案だ!、と八重は手のひらをポンと打った。
 ガッテン!、と頭の中で何処かで聞いた音がなる。

 確かコンビニは、と立ち止まりグルっと辺りを見回す。
 僅かな休憩、荒れた呼吸を整える。
 コンビニに着いたら水を買いたい、一気飲みしたい。
 ああ、でも夜通し走って汗だくな状態で誰かと喋りたくはないな。
 そんなことを考えていると八重の目にあるものが映った。

 交番。

 探していたものは、探さなくなったら見つかる。
 よくある話に、八重は息を大きく吐いた。
 水を飲むのは後回し。
 喉の乾きはちょっと我慢することにしよう。
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