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ヤンデレ魔法使いは家出中

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お風呂から上がり、まだほかほかする体でルノさんの部屋へ戻った。
部屋の主は不在だが、勝手知ったるとばかりに隊長はソファーに腰を下ろす。

「ルノさんは大丈夫なんですか?」

瀕死にさせられる前のルノさんの様子は明らかにおかしかった。ルノさんなのにルノさんっぽくないというか……具体的に何がおかしいってのは言えないけど、怖さの種類が違った気がした。

「ああ、まだ習う歳じゃねぇか?魔力が高過ぎる奴には偶にああいう事があるんだよ。それはあいつがこんなところにいる理由でもある……お前はもう鑑定で知ってるか……」

ここにいる理由……それっぽい事は書いてなかったと思うけど、各々の紹介文を覚えているほど記憶力は良くない。

「考えてみりゃあの場にはルノも居た。あいつの抱えてるもんには触れづらいよな。その、なんだ、配慮が足りなかった……悪かったな。あと……お前が俺を庇うとは思わなかったよ……ありがとな」

……。
幼女女神のデレは興奮したが、おっさんのデレは需要がマニアック。少なくとも俺は求めてないな。

「なんだその顔は……人が素直に礼を言ってるってのに……」

真っ赤な顔で照れられても困る。
配慮が足りなかったと謝られても、俺はルノさんを気遣っていたわけでは無いから、謝るならルノさんにして欲しい。

なんせ俺にはルノさんが抱えているものって言われても、家族が魔物に殺されてるって事しか知らないし、ルノさんが飛び出していった理由もこの街にいる理由もさっぱりだ。

「正直ルノの侵蝕率ってのはどうなんだ?俺たちはあいつなら大丈夫だろうと思ってるんだが……」

「ちょっと待って、俺が何でも知っている前提で話すのやめてください。紹介文って言っても二言、三言なもので、俺はルノさんが家族がいなくて、この隊の副隊長で、怒ると恐くて、エレーナさんに言い寄られて困ってるってぐらいしか……」

あ……勢いでルノさんの事言っちゃった……けど、エレーナさんのことはベルンさんも知ってるっぽかったから平気かな。

「それだけ……なのか?俺の事もか?」
案の定、隊長は特に驚く様子も見せず、逆に拍子抜けって顔をしている。

「だから詳細はないって言ったじゃないですか。隊長、ルノさんどうしちゃったんですか?」

逆に俺が質問攻めする側に回る。
魔力が高過ぎると起こる事とか、侵蝕率とか気になる言葉がちょこちょこ出てた。

「魔力が高いって事はそれだけ魔力との相性が良いって事で体に魔力を取り込みやすい。魔力を体に取り込み過ぎるとどうなるか、わかるか?」

「強い魔法を使えたりする?」
まず魔力がどういう物なのかをわかっていませんが?

「まあ、それもあるが……魔物になるんだよ」

「魔物?人が?」
「そうだ……」

まさかと思うけど、隊長の顔は真剣な顔で冗談では無いとわかる。
人が魔物……あのレッドヘッドベアも元人間?
「魔物肉って……うっ」
元人間の肉を食べて来たのかと思ったら喉の奥から吐き気が込み上げて来る。食べちゃったよ……元人間なのに。

「あれは元々魔物として存在してるものや、野生の動物が瘴気溜まりに触れて魔物化したもんだ。……人間が魔物になる事はそうそう無いし、人型の魔物になるからすぐわかる。流石に……食えねえだろ」

……良かった。それでも覚えた吐き気はすぐには消えず、背中を摩ってくれている隊長を見上げた。

「隊長はルノさんは大丈夫って言ってましたが、本当に大丈夫なんですか?ルノさん魔物になったりしないですか?」

隊長を凍らせようとしていた時は別の人の様だったけど、気を失う前に俺を覗き込んでいたルノさんはいつものルノさんだと感じたから……大丈夫な気もするけど、気を失っている間にルノさんがどうしていたのかわからない。

「あいつは強い……闇に囚われなきゃ平気だよ」

それでもルノさんが心配!!助けに行かなきゃって、飛び出していきたいところだが、俺が飛び出したところで何もできるはずなく、詰所を出たところで刺されて終わる可能性だってある事は今日、学習した。

魔力高くていいなって羨ましく思ってたけど、高すぎても無くても生きづらいなんて本当に面倒な世界に飛ばされてしまったもんだ。
ルノさん大丈夫かな?きっと大丈夫だよな……隊長だってそう言ってるんだから。

ベッドに座って、鉄格子しか見えない窓の外を眺め続けていると、隊長が突然薄く笑った。

「急にどうしたんですか?」

「いや。自分の力量も分からねぇで飛び出して行くもんだと思ってた、ちょっと意外だ」
「ルノさんは心配だし、探しに行けるなら行きたいけど……俺は自分の命大切ですよ?」

頭の上に隊長の手が載せられた。
むち打ちになりそうな衝撃。
加減を知らない脳筋だと密かに思っていたのだが、俺のレベルが低過ぎるせいだったのか。

「そりゃあいい。あいつが戻ってきた時にお前が居なかったら、今度こそあいつは闇に飲み込まれちまう。よくわかってるじゃ無いか」

薄情者と罵られるかと思ったけど逆に褒められたよ。

窓の外をいつまでも眺めていても何も変わらない、俺には魔力なんて読めないので外の状況なんて皆目……。

「……厨房行ってきます」
ベッドから立ち上がると隊長の前を通り過ぎて扉に向かった。

「こんな時間にか?」

どんな時間なんだろう?
この人たちどこで時間を測ってるんだろうな、ルノさん帰ってきたら聞いてみよう。

「ルノさんが帰ってきた時、お腹空かせているかもしれないじゃ無いですか。俺は俺に出来る事をしながら帰りを待ってます」

隊長に頭を下げて階段を降りる……面と向かってはいえなかったけど……。
なんで隊長、ずっとルノさんの部屋にいたんだろう。
ルノさんは気にならないんだけど、隊長は存在感がデカすぎて気になって仕方がないので心が休まらない。

食堂にはまだ数人の隊員達が残っていて何かの紙を広げている。
ディックさんとアシルさんとベルンさんだ。

「お~!!副隊長と一緒にいないシーナなんて新鮮~」
ベルンさんに気づかれ、手招きをされる。

「皆さんまだ起きてたんですね、眠れる時に寝た方がいいんじゃないんですか?」

机の上に広げられた紙は……どうやら報告書の様だった。
「今回魔物が現れたのが東区だったろ?あそこはこの街の中でも特に領主様の権限が強いから様、瘴気溜まりと魔物が出る度にいちいち報告書を書いてやらなきゃいかんのよ」

若手のディックさんとアシルさんはまだ慣れていないのでベルンさんが付き合っているらしい。
「予想外だ」
「シーナ、それすっげぇ失礼だから」
口の端を引きつらせながらヘラヘラ笑う顔はまさしくチャラ男なのに面倒見がいい。

「そういえばあの魔物はどうなったんですか?」
デイックさんに視線を向けると、とても疲れた顔でため息を吐かれた。
「大変だったすよ。副隊長、表面だけじゃ無く内臓までしっかり凍らせてくれちゃってたっす。俺らの炎ぐらいじゃ全然解けなくて、解体するのになかなか解凍できなくて自警団の奴らの文句をずっと聞く羽目になったっす」

解体という言葉に一瞬反応してしまったけれど、魔物になった人は人型の魔物になるらしいから大丈夫だと思い返した。

「警備隊と自警団は仲悪いんですか?仲良くした方が効率よさそうですけどね」
警備隊が魔物専門で自警団は人間同士のいざこざ専門だったけ?

「俺らは別に気にしてねぇんだけどさ。俺らは国から、自警団は領主様の兵。わかるかなぁ?国には知られたくない事だっていっぱいあるって事だな」

わかるぞ。
悪逆貴族は物語の基本だからな。

「魔物から身を守るのに俺らは必要だけど、厄介な監視の目だとも思ってんだよ。事あるごとにねちねちと突っかかってきやがんだ。だからと言って冒険者に頼るとあいつら自由にふらっといなくなるし、金にならない魔物には興味を示さねぇから、適度な距離感の嫌がらせをしてくる」

いろいろ大変らしい。
刑事ドラマで見た本庁と所轄みたいな対立があるのかな。どこの世界もその辺のしがらみはあるんだな。

「シーナは?眠れないのは副隊長がいないからか?」
「うん……」
ルノさん家出事件、みんなはっきりとは言ってこないけど、よく分かんないうちに俺のせいっぽい雰囲気になってんだよね。俺のせいでルノさんが魔物になったらと思うと流石に呑気に寝てられないよ。

「んな寂しそうな顔すんなって、副隊長は前からああなる事はよくあったんだ。いつも周辺の魔物をあらかた倒し終わったら戻ってくるから心配ないって!!」

凄い過激な家出だな。

「もしルノさんが魔物になったら……とか考えないんですか?」
「昔の副隊長なら半信半疑だったけど、今回はシーナもいるし平気だろ。絶対帰ってくるさ。信じて待っててやんな?」

ベルンさんは微笑みながら頭を撫でてくれた。

……みんなどれだけ俺を子供だと思ってるのか、頭を撫で撫でされ過ぎてハゲそうだよ……でも……。

「信じる者は救われる……ですね」
うん、いい言葉だ。


厨房の灯りと竈の火をベルンさんに入れてもらうと、包丁を握った。
俺に出来る事はこれしかない。なら精一杯の心を込めた料理をルノさんの為に作る。
食べて貰える事を信じて……。

「神様、無事ルノさんが戻ってきますように!!信じてるからな!!」
ビシッと食器棚に包丁を向けてお祈りをした。

「あ、そうだ。忘れてた」

収納袋からルノさんに買ってもらったペンダントを取り出すと、ドラゴンの飾りを取り外し食器棚の上に並べて飾った。

「兄弟……てか、大きさ的に親子みたいだな。7つ集めたら神様喚び出せたりして『神竜エルポープス召喚!!』なんて……」

食堂にベルンさんたちがまだいるのを思い出し、恥ずかしくなって料理に逃げた。
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