路地裏のアン

ねこしゃけ日和

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「本気で言ってるんですか?」
 あの夜、真理恵は兄の提案に動揺を隠せなかった。
 だがその兄はずっと考えていた案を口に出せて妙な爽快さを感じているみたいだ。
「ああ。それがいいと思う。あの子にとっても、僕らにとっても」
「最初のは同意します。伯父さんの元に返すよりはうちの方がある程度はマシでしょう。でも最後のは同意しかねるわ。少なくとも私にそんな覚悟はありません。その……母親になるなんて。大体私達は兄妹なんですよ?」
「そこは調べたよ。なにか制度が二つあって。一つは夫婦じゃないとダメらしいけど、もう一つなら大丈夫みたいなんだ」
「そうじゃなくて……」
「ん? それ以外になにか問題があるかい?」
 キョトンとする真広に真理恵は溜息をついた。
「その、心構えというか、微かに残っていた希望を手放す準備というか……」
「誰か一緒になりたい相手でもいるのか?」
 真広があまりにも意外そうにするので真理恵は少しムッとした。
「いたらこんなに悩んでないでしょう。だけど、その、あるんですよ。諦めたと思っていたけど残っているものが。それを捨て去るのにはある程度の時間が必要なんです。そしてなにかを始めるにもそれなりの準備がいる。普通はそうでしょう? 女の子を預かって、しばらくしたら返すつもりがそうできなくなった。だからうちでもらおうなんてなりませんよ。もっと慎重に考えるべきです」
「かもしれないけど、それだとあの子が……」
 真広は母親の部屋を見て憐れんだ。そんな兄を見て妹は呆れながらも納得していた。
 そうだ。そういう人なのだと。変に度胸があるというか、自分のことになると決定を後回しにするくせして、他人が困っていると妙な行動力を発揮して話を先に進めてしまう。
 それが兄だと真理恵は改めて理解した。それは母親の介護でもそうだった。真理恵に相談せず、医者とその場で話を決めてしまう。
 そして一度こうと決めたらやりきってしまう力が真広にはあった。だがこれは真広だけの問題じゃない。真理恵の人生にも大いに関わってくる問題だ。
 その問題に対し、真理恵はまだ答えを持ち合わせてなかった。
「しばらく考えさせてください。考えがまとまったらまた話しましょう」
 真広は少し不満そうだったが、結局その日はそれ以上の進展はなかった。
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