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第130話
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「悪く思わないでって、何で?」
魁蓮が誰かを庇うようなことを言うのは、かなり珍しいことだ。
日向はまだ会ったばかりで、巴に対してそれといった印象はまだ無いのだが。
その上で、彼がそう言葉にするのは、巴という存在が只者ではないことも伺える。
「お友達か何か?特別な人なの?」
「たわけ。あれは特別でも何でもない。
昔から、自分は我の妻だの何だのほざいている、過激妄想の気色の悪い奴だ」
「つ、妻!?」
流石に予想外の発言だった。
日向は目が飛び出るくらいにまで見開き、口をあわあわとさせている。
偏見だが、魁蓮が誰かを妻と言っている光景は、全然想像できない。
だからこそ今の魁蓮の発言は、耳を疑う。
「魁蓮、自分の妻って認めたの!?巴さんのこと」
「我が認めるわけないだろ、こちらが願い下げだ。そも、我は祝言など興味無い」
「あ、だ、だよな......」
「......思えば、巴は出会った当時からそのようなことを口にしていたな......はぁ、心底面倒な女だ、全く。一体、何を履き違えたのやら......」
「あ、あはは......それは、随分と大変そうで」
悪く思わないでくれ、という守りの言葉より愚痴の方が多いな。なんてことを思いながら、日向は魁蓮の不機嫌そうな顔に苦笑いを浮かべた。
だが、そう考えれば、巴の行動の意味に納得する。
初めて会ったとはいえ、彼女がとても魁蓮のことを大切に思っているのは、今回の件で日向にも十分すぎるくらいに伝わった。
きっと、恋心を抱いているのだろう。
正式に結ばれた訳でもないのに、妻だと言い切るのはある意味凄いことだが。
「それでも......巴は、我を不快にさせたことはない」
「っ......」
愚痴が続いていた魁蓮の口から、ふと優しい声音の言葉が吐き出された。
日向はその言葉に、再び顔を上げる。
すると魁蓮は、どこか遠くを見つめながら、その思いを口にする。
「巴は......行動ややり方が異常なことが多いが、1度たりとも我の損になることはしなかった。行動理念は知らないが、邪魔だと思ったことは無い」
「......お前がそんなふうに言うなんて、珍しいな」
「鬱陶しいとは思うがな」
「そこは、褒めるところで終わっとけばいいのー!
でも、優しい人なんだね。何か安心したわ」
魁蓮がここまで言うのならば、間違いない。
あくまで、彼はこの世に存在する全ての妖魔の頂点に立つ男だ。
その男が認めている、褒めているとなれば、その者は実力があるだけでなく信頼に足る存在とも言える。
当然、日向だって悪い印象を持つ必要が無い。
「ちょっとびっくりしたけど、巴さんの行動は、全て魁蓮のためってことだろ?なら、僕は大丈夫だよ」
「..................」
たとえ何かあったとしても、魁蓮は同じように守ってくれたはずだ。
そして、巴も激しく暴れることなく、引き下がってくれた。
だから、日向が気にすることは無い。
魁蓮が悪く思わないで欲しいと言うのならば、その通りにすればいい。
「でもさでもさ、巴さんすげぇ美人だったよな?あれだけ大切に思われてたら......流石に、ちょっとは好きになったりするんじゃねえの~?」
切り出すような話では無いが、どうにも日向は気になってしまった。
もし本当に、巴が魁蓮に対して恋心を抱いているのならば、日向としてはドキドキの展開。
だって今まさに、魁蓮が巴のことを認め、褒めていたのだから。
つまり、そういう関係になる可能性は......ゼロではない!
「なぁなぁ、どうなんだよ~!」
「断じて、有り得んな」
「えっ、即答」
まあ、魁蓮はこういう男だ。
「えぇ!何でだよ!巴さん、超いいじゃん!僕会ったばっかだけどさ、あんなに大切に思ってくれる人いないって!美人だし!」
「美人かどうかは、どうでもいい。誰かを愛するなど、つまらんものだ」
「げっ、そういうこと言っちゃう?それ、忌蛇に言ったら駄目だかんな?忌蛇に限らず、好きな人がいる人には言うな!」
「......以前、言った」
「うっわ、最低。無い、男として。有り得ない、ダサい、信じらんない。イカれてんの?」
「ほう......よく回る口だなぁ糞餓鬼」
日向の突然の連続暴言に、今まで親身に話してくれた魁蓮も、眉間に皺を寄せていた。
2人の喧嘩が始まるきっかけは、ほとんどが日向にある。
日向はそれを自覚していながら、このような暴言を吐くのだから、この光景を他の妖魔が見れば肝が冷えるだろう。
だが、日向がそんなこと考えているわけが無い。
良くも悪くも、彼は正直だから。
「でもさぁ、興味無いの?その、恋愛とかさ」
日向は小さく咳払いをした後に、話を無理やり戻す。
思えば、彼の恋愛事情というものを、日向は全くと言っていいほど知らない。
妖魔は本来、感情をあまり抱かない生物ではあるが、忌蛇のように、何かしらのきっかけで芽生えることもある。
それは、魁蓮にも言えること。
想像できないからこそ、日向は気になってしまった。
「恋愛?」
「そう。1000年以上生きてたら、流石に可愛い子とかいたでしょ。これからも巴さんみたいに、すげぇ大切に思ってくれる子とか現れるだろうし。
過去に、気になる子とかいなかったの?この子、いいな~とか、好きだな~とか」
「........................」
日向は、まじまじと魁蓮を見つめた。
返ってくる言葉は、何となく想像はつく。
きっと、魁蓮は恋愛などに興味は無いだろう。
だから、「くだらん」「どうでもいい」という言葉が返ってくると、日向は予想していたのだが......
日向は、まだ理解していなかった。
魁蓮という男は、いつも想像の斜め上の行動をしてくることを。
「お前はどうなんだ」
「......え?」
「我に聞く前に、小僧の恋路を話すのが筋だろう?」
「っ!?」
(き、聞き返してきやがった!!!!!!)
まさかの反応だった。
いや、こんなこと、一体誰が予想するだろう。
鬼の王は、基本的に周りのことなんてどうでもいいと思っているような男で、他人の事情など知ったことじゃない。
だというのに、よりにもよって恋愛のことを聞き返してくるなど、どういう風の吹き回しなのだ。
当然、質問を返されると思っていなかった日向は、意外な反応を見せた魁蓮に、戸惑いを隠せない。
「ぼ、僕の恋愛話とか興味無いでしょ!そ、それにっ、僕はそういうの経験ないしっ!」
「あぁ、まだまだ餓鬼だったなぁ」
「んだと!......いや、これに関しては、ぐうの音も出ねぇわ......誰かを好きになったことなんて、僕無いし」
赤ん坊の頃から、仙人の拠点にいて、外の世界をあまり知らずに育ってきた。
関わるのはいつも仙人の青年たちばかりで、町に出たとしても若い女の子と絡むことはほとんど無い。
好意を持たれた経験は、正直言えばある。
だが、その好意に応えることは、出来なかった。
誰かを好きになる、それは日向も経験が無かった。
とはいえ、恋愛に憧れを抱いていない訳では無い。
「でもさ、現世の町とかで仲のいい恋人さんたち見てると、凄く幸せそうだなぁって思うんだよ。きっと、好きな人が出来た時、世界が変わって見えるんだろうなって」
「..................」
「僕は、皆が大好き。仙人の皆も、町の皆も、大好き。でもきっと、誰か1人を特別な意味で好きになるのは......比べ物にならないくらい、凄いんだろうな。
いつか僕も、そういう気持ちを知ってみたい」
時折、考えていた。
自分を捨てた両親も、互いをちゃんと愛し合っていたのだろうかと。
もし愛し合っていたのならば、それはそれで嬉しい。
両親の愛というものは受け取れなくても、顔も知らない両親が幸せならば、日向は良かったのだ。
愛には、様々な意味がある。
恋愛にこだわる必要は無い、幸せになれるのなら。
「分からんな」
「っ............」
そんな日向の考えを、切り裂く魁蓮の言葉。
遠くを見つめていた日向の視線は、一気に引き戻されて、少し視線を離していた魁蓮へと戻る。
すると魁蓮は、空を見上げていた。
「人間はなぜ、誰かを愛していなければ気が済まないんだ。愛など、己の思考を邪魔するものだろう。誰かを愛したところで、それが叶う保証などない」
「そ、それはそうかもしれないけど......。
でも、悪いことばかりじゃねえよ。僕もまだ知らないけど、きっと嬉しいこととか沢山あるしっ」
「では聞く。
もし、己が愛した者が、別の誰かを愛していると知った時......その想いは、変わらず抱き続けるほど大事なものなのか?たとえ、叶わぬと分かっても」
「えっ............」
魁蓮が誰かを庇うようなことを言うのは、かなり珍しいことだ。
日向はまだ会ったばかりで、巴に対してそれといった印象はまだ無いのだが。
その上で、彼がそう言葉にするのは、巴という存在が只者ではないことも伺える。
「お友達か何か?特別な人なの?」
「たわけ。あれは特別でも何でもない。
昔から、自分は我の妻だの何だのほざいている、過激妄想の気色の悪い奴だ」
「つ、妻!?」
流石に予想外の発言だった。
日向は目が飛び出るくらいにまで見開き、口をあわあわとさせている。
偏見だが、魁蓮が誰かを妻と言っている光景は、全然想像できない。
だからこそ今の魁蓮の発言は、耳を疑う。
「魁蓮、自分の妻って認めたの!?巴さんのこと」
「我が認めるわけないだろ、こちらが願い下げだ。そも、我は祝言など興味無い」
「あ、だ、だよな......」
「......思えば、巴は出会った当時からそのようなことを口にしていたな......はぁ、心底面倒な女だ、全く。一体、何を履き違えたのやら......」
「あ、あはは......それは、随分と大変そうで」
悪く思わないでくれ、という守りの言葉より愚痴の方が多いな。なんてことを思いながら、日向は魁蓮の不機嫌そうな顔に苦笑いを浮かべた。
だが、そう考えれば、巴の行動の意味に納得する。
初めて会ったとはいえ、彼女がとても魁蓮のことを大切に思っているのは、今回の件で日向にも十分すぎるくらいに伝わった。
きっと、恋心を抱いているのだろう。
正式に結ばれた訳でもないのに、妻だと言い切るのはある意味凄いことだが。
「それでも......巴は、我を不快にさせたことはない」
「っ......」
愚痴が続いていた魁蓮の口から、ふと優しい声音の言葉が吐き出された。
日向はその言葉に、再び顔を上げる。
すると魁蓮は、どこか遠くを見つめながら、その思いを口にする。
「巴は......行動ややり方が異常なことが多いが、1度たりとも我の損になることはしなかった。行動理念は知らないが、邪魔だと思ったことは無い」
「......お前がそんなふうに言うなんて、珍しいな」
「鬱陶しいとは思うがな」
「そこは、褒めるところで終わっとけばいいのー!
でも、優しい人なんだね。何か安心したわ」
魁蓮がここまで言うのならば、間違いない。
あくまで、彼はこの世に存在する全ての妖魔の頂点に立つ男だ。
その男が認めている、褒めているとなれば、その者は実力があるだけでなく信頼に足る存在とも言える。
当然、日向だって悪い印象を持つ必要が無い。
「ちょっとびっくりしたけど、巴さんの行動は、全て魁蓮のためってことだろ?なら、僕は大丈夫だよ」
「..................」
たとえ何かあったとしても、魁蓮は同じように守ってくれたはずだ。
そして、巴も激しく暴れることなく、引き下がってくれた。
だから、日向が気にすることは無い。
魁蓮が悪く思わないで欲しいと言うのならば、その通りにすればいい。
「でもさでもさ、巴さんすげぇ美人だったよな?あれだけ大切に思われてたら......流石に、ちょっとは好きになったりするんじゃねえの~?」
切り出すような話では無いが、どうにも日向は気になってしまった。
もし本当に、巴が魁蓮に対して恋心を抱いているのならば、日向としてはドキドキの展開。
だって今まさに、魁蓮が巴のことを認め、褒めていたのだから。
つまり、そういう関係になる可能性は......ゼロではない!
「なぁなぁ、どうなんだよ~!」
「断じて、有り得んな」
「えっ、即答」
まあ、魁蓮はこういう男だ。
「えぇ!何でだよ!巴さん、超いいじゃん!僕会ったばっかだけどさ、あんなに大切に思ってくれる人いないって!美人だし!」
「美人かどうかは、どうでもいい。誰かを愛するなど、つまらんものだ」
「げっ、そういうこと言っちゃう?それ、忌蛇に言ったら駄目だかんな?忌蛇に限らず、好きな人がいる人には言うな!」
「......以前、言った」
「うっわ、最低。無い、男として。有り得ない、ダサい、信じらんない。イカれてんの?」
「ほう......よく回る口だなぁ糞餓鬼」
日向の突然の連続暴言に、今まで親身に話してくれた魁蓮も、眉間に皺を寄せていた。
2人の喧嘩が始まるきっかけは、ほとんどが日向にある。
日向はそれを自覚していながら、このような暴言を吐くのだから、この光景を他の妖魔が見れば肝が冷えるだろう。
だが、日向がそんなこと考えているわけが無い。
良くも悪くも、彼は正直だから。
「でもさぁ、興味無いの?その、恋愛とかさ」
日向は小さく咳払いをした後に、話を無理やり戻す。
思えば、彼の恋愛事情というものを、日向は全くと言っていいほど知らない。
妖魔は本来、感情をあまり抱かない生物ではあるが、忌蛇のように、何かしらのきっかけで芽生えることもある。
それは、魁蓮にも言えること。
想像できないからこそ、日向は気になってしまった。
「恋愛?」
「そう。1000年以上生きてたら、流石に可愛い子とかいたでしょ。これからも巴さんみたいに、すげぇ大切に思ってくれる子とか現れるだろうし。
過去に、気になる子とかいなかったの?この子、いいな~とか、好きだな~とか」
「........................」
日向は、まじまじと魁蓮を見つめた。
返ってくる言葉は、何となく想像はつく。
きっと、魁蓮は恋愛などに興味は無いだろう。
だから、「くだらん」「どうでもいい」という言葉が返ってくると、日向は予想していたのだが......
日向は、まだ理解していなかった。
魁蓮という男は、いつも想像の斜め上の行動をしてくることを。
「お前はどうなんだ」
「......え?」
「我に聞く前に、小僧の恋路を話すのが筋だろう?」
「っ!?」
(き、聞き返してきやがった!!!!!!)
まさかの反応だった。
いや、こんなこと、一体誰が予想するだろう。
鬼の王は、基本的に周りのことなんてどうでもいいと思っているような男で、他人の事情など知ったことじゃない。
だというのに、よりにもよって恋愛のことを聞き返してくるなど、どういう風の吹き回しなのだ。
当然、質問を返されると思っていなかった日向は、意外な反応を見せた魁蓮に、戸惑いを隠せない。
「ぼ、僕の恋愛話とか興味無いでしょ!そ、それにっ、僕はそういうの経験ないしっ!」
「あぁ、まだまだ餓鬼だったなぁ」
「んだと!......いや、これに関しては、ぐうの音も出ねぇわ......誰かを好きになったことなんて、僕無いし」
赤ん坊の頃から、仙人の拠点にいて、外の世界をあまり知らずに育ってきた。
関わるのはいつも仙人の青年たちばかりで、町に出たとしても若い女の子と絡むことはほとんど無い。
好意を持たれた経験は、正直言えばある。
だが、その好意に応えることは、出来なかった。
誰かを好きになる、それは日向も経験が無かった。
とはいえ、恋愛に憧れを抱いていない訳では無い。
「でもさ、現世の町とかで仲のいい恋人さんたち見てると、凄く幸せそうだなぁって思うんだよ。きっと、好きな人が出来た時、世界が変わって見えるんだろうなって」
「..................」
「僕は、皆が大好き。仙人の皆も、町の皆も、大好き。でもきっと、誰か1人を特別な意味で好きになるのは......比べ物にならないくらい、凄いんだろうな。
いつか僕も、そういう気持ちを知ってみたい」
時折、考えていた。
自分を捨てた両親も、互いをちゃんと愛し合っていたのだろうかと。
もし愛し合っていたのならば、それはそれで嬉しい。
両親の愛というものは受け取れなくても、顔も知らない両親が幸せならば、日向は良かったのだ。
愛には、様々な意味がある。
恋愛にこだわる必要は無い、幸せになれるのなら。
「分からんな」
「っ............」
そんな日向の考えを、切り裂く魁蓮の言葉。
遠くを見つめていた日向の視線は、一気に引き戻されて、少し視線を離していた魁蓮へと戻る。
すると魁蓮は、空を見上げていた。
「人間はなぜ、誰かを愛していなければ気が済まないんだ。愛など、己の思考を邪魔するものだろう。誰かを愛したところで、それが叶う保証などない」
「そ、それはそうかもしれないけど......。
でも、悪いことばかりじゃねえよ。僕もまだ知らないけど、きっと嬉しいこととか沢山あるしっ」
「では聞く。
もし、己が愛した者が、別の誰かを愛していると知った時......その想いは、変わらず抱き続けるほど大事なものなのか?たとえ、叶わぬと分かっても」
「えっ............」
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