愛恋の呪縛

サラ

文字の大きさ
上 下
139 / 191

第138話

しおりを挟む
 賑やかな城下町を抜け、日向と魁蓮は城に戻ってきた。
 まだスイカの名残がある日向は、少し気分が下がったまま、食堂の扉を開ける。



「ただいっ」

「日向ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

「ヴッ……!!!!!!!!!!」



 食堂の扉を開けた途端、まるでびっくり箱のような勢いで、龍牙が日向へと飛びついてきた。
 その衝撃で、日向は全身に龍牙を受け止めて、後ろに傾きそうになる。
 そんな日向を、龍牙はギュッと抱きしめて止めた。



「日向ぁぁ!!どこ行ってたんだよ!!!城中探してもいないから、心配したんだぞぉぉ!!!!!」

「うっ、く、苦しっ……」



 先程食らった衝撃に加え、心配だったと強く抱き締めてくる龍牙の力。
 2段階で襲いかかってくる龍牙に、日向は意識が飛ぶ寸前だった。



「喧しいぞ、龍牙」

「っ……?」



 そんな中、日向の背後から聞こえた声に、龍牙は涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げた。
 そこには、呆れた表情を浮かべる魁蓮が。
 龍牙は、魁蓮の姿に目をぱちくりとさせている。



「あれ?魁蓮……?何で日向といるの?」

「先程まで、小僧と城下町にいた。当然だろう」

「えっ、日向と城下町?
 じゃあ、日向はずっと魁蓮と一緒だったの?」

「そう言っている」



 その事実に気づいた途端、龍牙は、今度は安心の涙を流しはじめた。



「よがっだああ!魁蓮と一緒だったんだああ!じゃあ大丈夫だああああ!!!!!」

「りゅ、龍牙っ……ちょっ、限界っ……」

「ああ!ご、ごめん!」



 日向の掠れた声に、ようやく龍牙は自分の力が強すぎたことに気づいて、パッと素早く離れる。
 やっと解放された日向は、飛びそうになっていた意識が一気に戻ってきて、頭がグラッとした。
 その一連の流れを見ていた魁蓮は、ため息を吐く。



「こらこら龍牙?日向様を困らせてはいけませんよ」



 その時、食堂の中から優しい声がした。
 日向が咳き込みながら顔を上げると、中から出てきたのは、困ったような笑顔を浮かべる司雀だった。
 司雀の言葉に、龍牙は半べそで答える。



「だってぇ、日向に何かあったらって考えたら……俺っ、どうにかなっちまうもん……!」

「それは分かりますが、貴方が取り乱しては意味無いでしょう?今日だって、寝坊して遅くに起きたと思えば、日向様が居ないと寝巻きのまま騒いで……朝、庭で話したと教えてくれた忌蛇の言葉にも、耳を貸さずに」

「だっ、だって!」

「後でもいいので、懸命に宥めようとしていた忌蛇に、謝罪の一言くらい申しなさい」

「っ……はぁい……」



 司雀の言葉に、日向は龍牙の服装へと視線を落とした。
 確かに、龍牙は寝巻きのままだった。
 よく見れば、髪もボサボサで寝癖だらけ。
 いつもの普段着ではない、寝起きのまま動いていたというような格好に、日向は驚く。
 龍牙の格好から、彼が日向のことをとても心配していたのが伺える。
 その優しさに、日向はまたもじんわりと心が温かくなった。



「ほら、日向様も無事だったことですし、部屋に戻って着替えてきなさい?そのままでは、格好が締まりませんよ?」

「うん!着替えてくる!じゃあ、また後でね?日向!」

「ふふっ、うん。ありがとう龍牙」

「っ!えへへっ、全然!」



 お礼を言われたのが嬉しかったのか、龍牙は泣いて赤くなった顔のまま、満面の笑みを浮かべた。
 そして、上機嫌で自室へと走って行った。



「魁蓮と、一緒だったのですね」



 龍牙が居なくなると、司雀は日向へと話を振る。
 日向は走り去っていく龍牙から視線を外して、笑顔で尋ねてきた司雀へと顔を上げた。



「あぁ、うん。ちょっと色々あってね」

「理由はどうであれ、ご無事で何よりです。魁蓮と一緒にいることほど、安心出来るものはありませんから」

「……そっか」



 先程の龍牙もそうだが、やはり肆魔をはじめとした妖魔たちの、魁蓮への信頼度は計り知れない。
 強者だからなのか、信頼に足る態度なのか。
 理由は定かでは無いが、魁蓮が近くにいた、という事実はまさしく安全を意味するもの。
 それは司雀が、1番よく知っている。
 他の者では到底背負いきれない、絶対的安心感だ。
 その時、司雀は何かを思い出したように、ハッとして顔を上げた。



「そうです魁蓮。貴方が荒らしたままにした大広間ですが、ついさっき清掃が終わりましたよ。
 そこで申し上げたいのですが……なるべく汚さないように対応していただけませんか?貴方の気持ちは十分理解できますが、後のことを考えてください」



 司雀は怒りを含んだ笑みで、魁蓮へと視線を向ける。
 これはもしや、以前忌蛇たちが言っていた、司雀だけが出来る魁蓮への説教と言うやつでは無いだろうか。
 珍しいものが見れるかもしれない、という変な期待から、日向は頭上で交わされる会話に耳を傾ける。



「理解できるなら、いちいち注意などするな」

「理解できるからこそ、注意しているのです」

「くだらんものを持ち込む痴れ者が悪い」

「「こんなもの要らない!」って一言申し上げればいいじゃないですか」

「馬鹿は理解出来んだろう」

「流石に、これは嫌だと貴方が言い切れば、誰だって脳内にこびりつきますよ。
 人間を食べないことは、現世の妖魔にはあまり知れ渡っていないのですから」

「では、学ぼうとしない奴らが悪い」

「子どもじみたことを言わないでください?あれから1000年経ったのです。現世の妖魔たちだって、新しく生まれた者たちばかりなんですから、知らなくて当然」

「ならば何をしても良いと?くだらん」

「1000年前ならば、相応の対価と要求ばかりの案件でしたから、貴方も大広間にわざわざ招いていたんでしょうけど……今はそういう訳にもいきません。
 この間のように力を知らしめるだけでは、壊せない壁だってあるんですから」

「ハッ……我に出来ぬことなど無い。壁ならば、いくらでも壊せばいいだろう。
 我を誰だと心得ている?司雀。無駄なことにその出来た頭を使うな、効率が悪い」

「……………………」



 魁蓮の煽りのような言葉に、頑張って穏やかな笑みを浮かべていた司雀の顔に、ピキっと怒りの血管が浮き上がってきた。
 日向はその小さな変化に気づき、顔が青ざめる。
 そして、笑みは崩さないまま、司雀は畳み掛ける。



「これはこれは、随分とご自分の力に自信がおありで。全盛期の1000年前から、変わっていないんですか?」

「あ?当然だ。誰も我には勝てぬだろう?」

「だから、できないこともないと?」

「勿論だ」

「うふふっ、自己肯定とは素晴らしいですねぇ。
 ですが……貴方が意外にも不器用だということは、このが!十分承知していますよ?」

「何だ、親気取りか司雀?お前の古臭い知識を我に叩き込むつもりか?ハッ、やめておけ。冷める」

「知識が豊富、と申して頂けませんかねぇ。
 それに貴方、自分が思うほど完璧な男では無いんですから、一つ一つ積み重ねは大事ですよ?」

「そのようなことに尽力せずとも、大抵のことは成し遂げられるぞ?お前が1番知っているではないか」

「いいえ?貴方は我々への気配りが壊滅的ですから、全くもって成し遂げられていませんよ?大広間といい、もう少し周りへの気配りと言うものをしてみては?ついでに、その堅苦しい表情も」

「ククッ、今日はやけに口が回るなぁ?司雀」

「それはどうも。何度注意しても改善しない、困った主人を分からせるのに必死でして……これならば、お手やおすわりが出来る犬の方が、利口ですかねぇ?」

「ほう……?一体、誰のことを言っているんだろうなぁ?お前は……」

「さぁ、誰でしょうね?
 ここまで話しても分からないようでしたら……その方の言葉を借りて申し上げると……「救いようのない莫迦」とでも言えましょうか?」

「ハハッ、では注意し続けるのをやめることを勧めよう。無駄な事だと、お前も理解するべきだなぁ?」

「生憎、私は負けず嫌いでして。
 頂点に立つお方なんですから、寛大な心を持ってみては?」

「ククッ……」

「ふふっ……」

「ククッ」「ふふっ」

「おっけいおっけい!!そこまで!!!!!!!」



 最悪な空気を察知し、日向はそれぞれに手を伸ばして、両者をグイッと引き離す。

 何だったんだ、今の空気と会話。
 日向も魁蓮に反抗したり、無礼なことをした経験はあるが、ここまで張り合ったことはない。
 もし日向が妖魔か仙人ならば、今この場には、とんでもない妖力のぶつかり合いが起きていると気づくのだろう。
 それがなくとも、日向はこの空気がヤバいと気づいたのだが。



「2人とも~?れ、冷静に冷静に~。
 わ、悪いところはもちろん認めるのも大事だけど!あの、そのぉ……言い争いは?良くないかも、ねぇ?お互いの尊重が、今は大事だと、僕は思うなぁ?あ、あはっ、あはははっ……」



 場を抑えるために放った言葉。
 しかし、これは思わぬ方向に走り出そうとする。



「確かにそうですねぇ?お互いを、そ・ん・ちょ・う!するのは、今1番魁蓮が学ぶべきことですからねぇ?」

「ほう?どうやら、我の思いとやらは伝わってないようだなぁ?老いぼれて感性が鈍くなったか~?」

「いいえ~?私は至って、正常ですよ~?」

「ハハッ、ではその正常とやらがイカれてるなぁ?」

「ストップストップ!!!まじでやめて!!!!!!」



 何故こうなる。
 仲が悪い訳では無いのに、こんなにも張り合い続けることが出来るのか。
 鬼の王と、唯一肩を並べることが出来る妖魔だからこそ、この2人の間を取り持つのは精神が削れる。
 きっと龍牙たちでさえ、この間には入りたくないだろう。

 現状、日向も逃げ出したいくらいの危険な空気だ。
 更に青ざめた顔のまま、日向は何とか別の話題を探す。
 と、その時、突然興味を無くしたのか、魁蓮が真顔でため息を吐いた。



「まあいい。この話は別の機会で聞く。
 急用を思い出した、酒場に行く」

「え、酒場?たった今、城下町から戻ってきたばかりではありませんか。それに今は、まだ昼ですよ?」

「いつ行こうと、我の勝手だろう。
 夕餉までには戻る、小僧を頼むぞ」



 魁蓮はそれだけ言い残すと、司雀の返事を待つことなく、フッと姿を消した。
 ついさっき城下町に居たというのに、何か忘れていたのだろうか。
 日向はポカン、としていると、あることを思い出す。



「あ、ねぇ司雀。虎珀って、どこにいる?」

「虎珀ですか?恐らく、自室かと」

「分かった、ありがとう」



 日向は軽く礼を言うと、慌てて虎珀の自室へと向かった。

 日向は魁蓮に愛を教える、という話とは別に、確かめなければいけないことがある。
 その鍵となるのが……まさに、虎珀だ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

役目を終えて現代に戻ってきた聖女の同窓会

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,911pt お気に入り:77

秘密の男の娘〜僕らは可愛いアイドルちゃん〜 (匂わせBL)(完結)

Oj
BL / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:8

会社を辞めて騎士団長を拾う

BL / 完結 24h.ポイント:584pt お気に入り:34

待ち遠しかった卒業パーティー

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,240pt お気に入り:1,290

やり直せるなら、貴方達とは関わらない。

BL / 連載中 24h.ポイント:3,862pt お気に入り:2,709

処理中です...