Happy nation

文月

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四章 物語の主人公

16.幸せの国は、正しい国じゃない。

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 がさ、
 落ち葉を踏みしめる軽い音に、必要以上に驚いて、振り向いた。
 そこにいたのは、
「相っ変わらず、ドン引きする程ねちっこいし、愛が重~いし、安定のヤンデレっぷりだな。アララキ」
 黒目、黒髪の、‥アララキをそのまんま小さくしたような
「‥フミカ」
 フミカだった。
 顔は、変わってしまったけれど、表情はちっとも変わらない。
 呆れた様な表情で、アララキそっくりなはずの顔は、でも、フミカにしか見えない。
 顔のつくり‥ではなく、表情が、口調が、‥フミカなんだ。
 こんな、「フミカ」っぽい顔は、桜子たちの前では見せない。桜子たちの前でのフミカは、子供らしいただの「フミカ」で、サカマキやアララキの友である「フミカ」ではない。
 ‥桜子たちの前にいるときは、鳩の姿だから、そういえば、人間の姿のフミカっぽい表情を見るのは久し振りだ。
「とにかく、サカマキを離してやれ。
 ‥逃げ場を奪って、そう近くで懇願されたら断りたくても断りにくいであろう。それは、‥洗脳もしくは脅迫だ。
 ‥さっきから聞いておったら、己の意見ばかりをダラダラと‥。しかもそれを、さも祖国の総意のように言うとは言語道断だな。貴様はかの国の王ではあるが、当たり前であるが、かの国の国民総ての代弁者にはなり得んのだぞ。そんなことも‥分からない訳は無いよな? 」
「‥‥‥珍しく、よくしゃべるんだね」
 フミカの方に微かに振り向いて、
 でも
 サカマキを腕に抱きしめたまま、アララキが答えた。
 フミカの忠告に従う気も、フミカの質問に答える気もない様だ。
 今、フミカは、サカマキの正面にいる。
 アララキがフミカと正面から向き合う為には、サカマキから手を離して振り向かないといけない。
 アララキにとっては、天秤にかけるまでもなく、サカマキ一択だった。
 サカマキを離すなんて提案は聞き入れる気なんて微塵もない。
「おしゃべりな奴のDNAが混じったからかな。本当に、不本意ながらな」
 ふ、
 フミカが皮肉っぽく笑った。
 目は勿論笑ってなんかいない。
「‥自分と全く同じ顔した子供にそういうこと言われるのって、思った以上にショックだね」
 と、返したアララキの表情も、完全に「ショックを受けてる感」ゼロだ。
 相っ変わらず、こいつはサカマキしか見てない。
 自分と愛するサカマキの子供だってのに。
 アララキには、そんな感覚なんてないんだろう。
 アララキにとって、目の前の「フミカ」は「自分たちの子供」ではなく、「友達のフミカ」だ。きっと、カツラギも(翔ではなく)カツラギでしかないんだろう。だけど、‥自分はまだしも、カツラギは、カツラギである前に「桜子の大事な息子」だから、今までのようなぞんざいな扱いをしないでもらいたいもんだ‥。
 分かっているだろうが、‥不安だ。
 そもそも、
 アララキの子供として生まれたってことが‥
「‥我は、#主_ぬし__#と同じ顔をしている自分がショックだ。顔は、‥外見が重要なのではないと分かってはいるが、親からもらったあの身体には思い入れもあったらしい。思った以上にショックを受けた自分に驚いたね」
 ‥ホントに不満だ。
「‥ごめん、フミカ」
 ‥サカマキ、‥そんな悲しそうな顔をしないで。
 サカマキが嫌なんじゃないんだ。
 「サカマキonlyラブ」なアララキがキモいだけなんだ‥。そんなアララキが親だってのが嫌なだけなんだ。‥友達ならいいんだけど、‥親なのが‥嫌なだけなんだ。
 ‥別に、アララキが嫌いなんじゃない。(大事なことだから二度言いました。ってか、二度自分に言い聞かせました。)
「フミカ、‥サカマキを悲しませるな」
 睨むな、ヤンデレ。
 いや、サカマキ関係ないんだってば。
 我が悲しいのは
 主のせい‥。
 アララキのせいで→我が悲しい→(我が悲しい顔すると)サカマキが悲しい。
 わけだから、

 サカマキを悲しませてるのは、主!!

 フミカは、深いため息をついた。
「アララキは、相変わらずだな。‥だけど、我はそれがダメだとは言わない。だけど、国の事、主の王としての立場である時は、‥その限りではない。主は、責任を持つべきなんだ。総ての国民に対して。自覚を‥持つべきなんだ
 それが主の‥神が決めた‥運命なのだろう」
「神が決めた運命、ね。
 カツラギも‥フミカも‥
 その「神」に見捨てられて、‥殺されたのに? 」
 アララキが、ふ、と口元だけで笑った。
 目は、
 呆れた様な嫌味な感じ。
 ‥神をも恐れぬ‥って、こいつの様な奴のことをいうんだろう。
「‥その運命は‥でも、俺の運命だった‥」
 ポツリ、とサカマキが呟く。
 だのに‥
「そうだったかな。‥忘れてしまったわ。
 だけど、‥我があそこにいて、サカマキが死ぬかも知れないって時に、我が動かないってことはありえない。だから、それも含めて我の運命だったと思っておる。‥カツラギはどうかわからんがな」
 ふ、と微かに微笑む。
「フミカ‥」
 サカマキが眉を寄せる。
「サカマキ‥」
 そんなサカマキをアララキが心配そうに見る。
 それだ。
 アララキがサカマキを甘やかすから‥そういえば、それも今回の原因だったな。
 サカマキを庇ってフミカたちが死んだってこと、じゃない、そんなフミカたちを復活させようとサカマキが考えたことを、だ。
 そんな「非常識で」「非人道的なこと」
 サカマキのこと、本当に愛してるなら、止めなきゃいけなかったんだ。
 まして、本当に愛してるなら‥
 サカマキには僕がいるよ‥僕がいるから大丈夫だよ‥と位、やっぱり言うべきだったんだ。
 ‥自信ないのか??
 だけど、まあ‥わからんでもない。
「フミカ、嫌だ‥俺は、二人と離れたくなかったんだ‥」
 ‥これだ。
 普段は、我が儘なんか言わない、
 不平も、不満も言わない。
 ただ、神の駒として、自分を殺して
 自分の身を削って
 戦っていた、
 哀れな‥美しい獣。
 ‥そんなサカマキがこれほど願ったことなんだ‥。
 愛してるからこそ、‥その願い‥叶えてあげたいって思う。
 自分が黙ってれば、自分さえ黙ってればその願いが叶い、サカマキが喜ぶなら‥
 って‥思う。
 これ以上‥サカマキを悲しませたくないって‥
 ‥我だって、この顔見たら、「何とかするよ」「自由にしていいヨ」「大丈夫任せとけ」って言いたくなる‥
 だから‥
 我も、「わかった、我も生きる」って言っちゃったんだもんなあ‥。
「サカマキは、‥弱くなったな。否、‥我らのことに対してのみ、か」
 フミカは苦笑いしてサカマキを見た。
 サカマキがきゅっと唇を結んで俯いた。


「サカマキ‥」
 頼りない細い背中をもう一度引き寄せて、抱きしめる。
 人とは違う。
 羽毛の様な、軽い身体。
 ‥サカマキが聖獣である証。
 だけど、サカマキはこの身体に僕自身を受け入れ、この身体で自分(アララキ)の子供を産んでくれた。
 半聖獣半人のフミカ。
 僕とサカマキの愛の結晶。
 だけど、僕は、フミカが生まれた時のことをしらない。サカマキの昔の姿のように‥ひよこ姿だったらしい。
 苦しくなかったかな‥。
 苦しんでいたかもしれない時に傍にいれなかったことが悔やまれてならない。
 フミカは2年程サカマキの身体の中にいて、卵で生まれたらしい。
 更に、一年たって人型を取れるようになって‥姿かたちは、そのまんま‥僕の様だ。
 人型のフミカには、全くサカマキの要素はない。
 サカマキのアーモンド形で鶯色の愛らしい瞳も、桜貝の様な唇も、指触りのいいアッシュブラウンの髪も、何一つフミカには遺伝していない。
 それだけが不満だ。


「ねえ、‥サカマキ。‥我は生まれて来て良かったんだろうか。我は‥あの時、もっと強く否定するべきだったんじゃないだろうか」
 ‥これは、我の罪。
「サカマキは‥あの時、決断するべきだったんじゃないんだろうか。‥我らを失うという試練を受けいれるべきだったんじゃないだろうか」
 これは、サカマキとアララキの‥罪。
 残して行くもの
 残されていくもの
 どちらにも、覚悟が足りなかった。
「‥俺は、物語の主人公じゃないから、試練なんか与えられない。
 フミカたちを失うことは俺の試練なんかじゃない。
 ‥そもそも、何を俺に自覚させようと‥何を得させようとした試練だ? 」
 サカマキが、真っ直ぐフミカを見る。
 さっき一瞬見えた、怯えた様な弱さはそこにはもうなかった。
 真っ直ぐフミカを見つめるのは、強い目だ。
 瞳が、透き通ったペリドットの様に見えた。
 淀みない、ってこういうのをいうんだろう。
「強さとか、‥厳しさを知る的な? 」
 その瞳から、目が離せない。
 神獣であるからだろうか、
 サカマキは驚くほど、瞬きが少ない。
 ‥もしかしたらしてないかもしれない。
 ただ、湖のように静かで透き通った目で相手を見つめる。
 すこしでも、やましい思いがあったなら、きっとその目を見つめていられないだろう。
 それ程、その目は、強く正しく‥美しい。

「大事な友人を失うことでしか得られない強さだとかそんなもん、くそくらえだ。強さも、やる気も、そんなもんは初めから持ってる。
 ‥それを初めから持ってないような奴は、『運命の呪い子』じゃない」

 確かに、あの神ならばそれ位通常装備させてそうだ。
 勿論会ったことないけど、我の頭の中では勝手に「ドS」認定されている。
 だって、‥サカマキが何をした? 高位魔法使いとして生まれて、何もしてないのに嫌われて、でも戦って、ボロボロになって‥。
 ‥カツラギが言ってた。
 ‥サカマキや、カツラギは神の駒だって。
 駒ってなんだよ‥
 生きた人間じゃないか。
 そのドSが、駒の学習を兼ねた‥試練を与えるなんてまどろっこしいことするとは思えない。寧ろ、ドSなら、サカマキが悲しむのを見て楽しんでるんじゃ? って思わんでもないが、‥そんな無意味なことをする気もしない。目的の為に手段を選ばないだけで、‥無意味に無駄なことをするわけがないんだ。
 ‥試練ではない、加虐嗜好な『嫌がらせ』でもない。
 じゃあ‥
「じゃあ、ただあの世界に我らが要らなくなっただけの事だな。否、‥邪魔になったんだろう。
 ‥我があの世界にいることで、あの世界の何が変わとも思わんが、我はこれから先、出来るだけ神の意思に背かないように生きていくしかないってわけだ」
 自分で言ってて、
 ちょっと、情けなくなって来た。
 てか、‥わざわざ言うことか。我も気弱になったもんだ。‥かまってちゃんとか、情けない。
「人一人に影響される世界なんか、‥クズだね!! 」
 でも、主は自信満々
 その自信や強さはどこから来るんだろうね?
 多分‥虚勢と‥やけと意地と
 ‥気が強いだけ、かなあ。
 根拠なんてない。だのに、断言。
 主のそういうとこ、‥嫌いじゃない。
「そういうものなんじゃないか? 人々は人の集まりで、国は人々の集まりだから」
 ‥サカマキに根拠がないみたいに、世の中にもそう‥「正しいこと」やら「皆の幸せ」なんかは、ない。
 世の中も
 国も
 人々も「そういうもん」なんだ。
 主がそれを、クズっていうなら、主もクズの一部なんだ。
 そして、勿論、我も、だ。
 そんなこと考えたら、ちょっと面白くなって来た。
 むっと、‥拗ねた様な何か我慢してる様な顔してるサカマキも、もう泣きそうじゃない。
 さっきまで、ちょっともたれて
 ‥無意識に頼ってたアララキの腕を邪魔そうに振りほどくサカマキ。
 やっと、今までのサカマキだ。
 アララキはこの世の終わりって顔になってるけど、我は安心した。
 サカマキはこうでなきゃあな。

「人の犠牲の上に成り立つ世界なんて‥」

 クズが集まって、国を成して‥
 その国は、何百もの先人の犠牲の上に成り立っている。先人の努力と知恵の結晶なんだ。
 だのに‥そこに暮らしてるのは、クズって‥。
 ‥そして、それを治めてる神がドSって最悪だな、おい。
 生きてるの、‥嫌だな。でも、‥それも面白い気がする。
 何もかも、正しい国なんて住める気がしない。
「それもそういうもんだ。All for one。One for all だな」
 ‥主が生きてるから
 この生きにくい世界で主が生きてるから
 我も、一緒にいてあげた方が‥いい。
 いないより、要る方が‥ずっといい。
 サカマキ(one)の傍に居るのは、‥サカマキを蔑み、怖がるだけのドSに流されたその他大勢(all)より、ドSに逆らってドSに流されない‥サカマキを愛している(友として)我の方がずっといいに決まっている。
 ドSが万人の幸せを願わないんだったら、(願えないんだったら)
 我はせめて
 ‥我らだけは、愛する者の傍に居て、愛する者の幸せを願おう。
 万人の幸せを願わないのは、「正しい国」じゃないんだろうけどね。
 そんなのは、伝説の「Perfect man」に任せるしかない。‥我の様な軍人という人の幸せの対極にあるやもしれん立場の人間には無理な話だ。


 我が出来ることは、ただ、サカマキと、サカマキが愛しサカマキを愛する者たちの幸せを祈ることくらいなんだろうと思う。
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