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XXVII 欲望-I

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 ふわふわと浮遊する様な、心地よいとも不快だとも言えない妙な感覚。ゆるりと下る様に意識が覚醒し、ゆっくりと瞳を開いた。今は何時だろうか。
 目の前には、最愛の夫の寝顔。私の身体を抱く様にして眠る彼は、普段と少し違い子供の様で愛らしい。その寝顔を眺めながら、ふふ、と1人笑みを零す。

 カーテンの隙間から見える外は、ぼんやりと明るい。時刻を確認しようと、彼の腕の中で体勢を変え背後の時計に視線を向けた。
 現時刻は5時丁度。起きるには早い時間だが、妙に目が冴えてしまった為二度寝をする気分にはなれない。彼の腕の中に収まり、再びその愛らしい寝顔を眺める。

 いつの日だったか、深夜にこうして彼の寝顔を眺めていた事があった。それはまだ想いが通じる前の事で、1人彼を眺めながら、恋煩いに心を痛めていたのを覚えている。
 その時に確か、眠っている彼にこっそり口付けをしようとした。ずっと欲しかった物を、眠っている間に奪ってしまおうと。
 だが、実際口付けをする事は無かった。
 何故、私はあの時思い留まったのだったか。ぼんやりとした頭では、それを思い出す事は出来ない。

 ただ、今思い出せるのは昨晩の情交のみ。

 性の知識が、無いに等しい状態での情交。所謂いわゆる、これが一般的に初夜と呼ばれる物なのだろう。
 交際している男女がその様な行為をするという事は曖昧に認識していたが、具体的にどの様な物を指すのかは全く理解をしていなかった。
 泣いたり戸惑ったり我儘を言ったりと、決して美しいとは言えない初夜。色々と彼にも迷惑をかけてしまった部分も多く、冷静になった今、羞恥心等の感情が込み上げる。

 だが、込み上げた感情はそれだけでは無かった。
 全身に落とされた優しいキスに、何度も囁かれた愛の言葉。彼の余裕の無い表情に、涙が出る程の快楽。思い出せば思い出す程、言葉では言い表せない程の幸福感が押し寄せる。
 彼を受け入れた場所の痛みは引かず、疼く様にじくじくと痛んでいる。だが、その痛みすらも深く愛し合った証だ。
 幸せを噛み締めながら、彼の感触が残る身体に掌を這わせた。

 私と彼が夫婦になり、昨晩の様に体を重ねるだなんて、数ヶ月前の私は想像すらもしていなかった。
 “同居人”という関係への不満を無理矢理満足に置き換え、ただただ彼を目で追っていた。
 そんな生活が、突如一変するなんて。こんな風に、彼に愛して貰える日が来るだなんて、思いもしなかった。

「……愛してるわ、セドリック」

 眠る彼の頬に指先を触れさせ、そっと囁く。
 当然、彼からの返事は無い。だが、私を抱く腕に僅かに力が篭った気がした。

 彼が目を覚ますまで、あと数時間。
 それまでに、朝食の用意と、入浴の支度をしなくてはならない。やる事は山済みだ。
 だが今は、ほんの数分だけでも、彼の寝顔をこうして見ていたかった。



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