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80 公爵令息の独白⑥

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 シャーロット嬢の愛情のこもった優しい眼差しは、私ではなく――今回は第二王子ヘンリー・グレトラントに向けられていた。 
 それは非常に非常に非常に衝撃的な光景で、全力で後頭部を鈍器で殴られたような感覚だった。

 前の人生では全くと言うほど存在感のなかった無能な第二王子が、彼女のことを手に入れようと積極的に行動を起こし始めていたのは分かっていた。だが、彼女があれなどに絆されるとは……。

 確かに前回の人生では、第二王子は最初から最期まで一途に彼女の味方だった。

 あれはどんなに己の評判を落とすことになろうとも、社交界での彼女を庇い続けていたし、聞くところによると処刑の瞬間まで彼女を守ろうとしていたようだ。

 故に、彼女があれに心を許すのは仕方のないことなのかもしれない。彼女は純粋で優しい女性だから、きっと潜在意識の感謝の念を恋愛感情を勘違いしているのだ。若い令嬢にはよくあることだ。

 ――あまり考えたくはないが、彼女は恋愛体質でとても隙のある女性なのかもしれない…………。

 だが、第二王子も所詮は下賤の血筋。
 高貴なるシャーロット嬢には相応しくないのだ。

 私はあれを密かに排除しようと試みたが、おそらく二度目の人生で少しは学習したようで、上手く回避をされてしまった。
 あんなに愚鈍だった第二王子は何処へ行ってしまったのだろうか。
 ともすると、兄よりも覚醒した弟のほうが厄介なのかもしれない。

 腹立たしいことに身分は私よりもあれの方が上なので、表立っては攻撃は出来ず……かと言ってあれが防波堤になっているせいでシャーロット嬢にもおいおい近付けず、想定外の計画の綻びに苛立ちを覚えた。

 だが、まずは王位奪還だ。個人のことは後回しでいい。
 きっと情に脆いシャーロット嬢なら、いつでも私と建設的な関係を築けるはずなのだから……。



 あの娘――ロージー・モーガンは、前回以上の働きを見せてくれた。

 男を誑し込む技術も大幅に向上して、それは第一王子の取り巻きの国王派の貴族令息たちも婚約者が目に映らないほどにあの女に虜になっていた。

 これには私を大いに満足させたが……おそらく第一王子だけはあの娘に騙されている演技をしているのだろう。
 私は、あの男も一度目の記憶を持っていると確信していた。

 第一に、これだけ多くの人間が記憶を保持したまま過去に逆行しているのに、あの男だけ例外なのは確率的に低い。

 第二に、あの男の行動……些細な言動が前回と異なり、それは己に有利になるように動いているように見えたのだ。
 それは巧妙に隠している様子で、あの娘も気付いていないようだが、前回との小さな差異が違和感となって私の胸を波立たせた。

 やはり、あの男は前の人生の記憶を持っている。

 私は、まずは油断させる為にも、あの男の好きにさせようと考えた。
 どのような行動を起こすか観察したかったし……次の一手を打つ為にもあの男の言動を見極めておきたかったのだ……私もあの男と同じく二度目の人生を歩んでいることを悟られたくなかった。

 それが功を奏したのか、あの男は今回は大胆に動いていた。お陰で王弟派も少々痛い目に遭うこともあったが、まぁ許容の範囲内だ。


 あの男は、前回にあんなに厭うていたシャーロット嬢との婚約を今度は頑なに譲らなかった。

 国王派に忍ばせてある間諜によると、第二王子や公爵令嬢自身がどんなに婚約解消を主張しても、第一王子という絶対的な権力で、全てを跳ね除けていたようだ。

 だがあの男は、ロージー・モーガンとの関係も続けていた。
 奴は涼しい顔をしてシャーロット嬢の婚約者面をしながらも、水面下では不貞相手と幾度も身体を重ねていたのだ。今度は周囲に配慮して、上手く二つのバランスを取りながら。

 これは、今度はロージー・モーガンのほうを嵌めようとしているのは、疑いの余地はなかった。

 真の事情を知らない哀れな男爵令嬢は、今回も王子が己の手管に骨抜きにされていると思い込んでいるようで、すっかり舞い上がって油断しているようだった。

 私からあの娘に助言することも出来たが……ここはあの男に任せてみることに決めた。

 まだ予測の域だが、あの男はシャーロット嬢に対して自責の念を抱いているのではないだろうか。
 故に、男爵令嬢への断罪は、愛していない婚約者に譲るのではないかと考えたのだ。

 私としても、シャーロット嬢自身が報復を遂げるのが妥当だと考えていた。
 何故ならば、彼女はあの女のせいで断頭台へ上る事態に陥ってしまったからだ。それは非常に口惜しかっただろう。

 案の定、あの男は王宮主催の己の誕生日パーティーという派手な舞台で男爵令嬢への断罪劇を敢行した。それも、主演女優をシャーロット嬢に仕立て上げて。

 それは最高の舞台だと私は喜んだ。
 勿論、ヨーク公爵令嬢にとってだ。彼女は嫌悪している第一王子主導で不本意かもしれないが、かつての憎き恋敵についに雪辱を果たしたのだ。それも、公衆の面前で、己の正統性を証明して。

 その女神のような凛々しさは見事に美しく、私の胸を震わせたのだった。
 これでこそ、国一番の令嬢だ。あの男が手引きをしたことは癪に触るが、彼女の溜飲が下がるのならそれでいい。私には、彼女の幸福が一番だ。


 ロージー・モーガンは王宮の牢獄へと連れ去られてしまった。おそらく、これから第一王子の報復が始まるのだろう。
 あの娘は再び私が手を下すつもりだったが、あの男の積もり積もった感情を爆発させるのもまぁ良いだろう。私はあの娘に凄惨な死が訪れたらそれで構わないのだ。

 それに、あの男の王族としての命もあと僅かだ。絶望に打ち拉がれる前の、最後の娯楽を与えても良い。


 戦況が大きく揺れ動いたので、私も本格的に動くことにした。

 あの男が水面下で毒薬について調査をしていることは知っていた。
 前回、自身が盛られていたことに気付いたようだ。
 王宮だと何処から秘密事項が漏れるか分からないので、シャーロット嬢の兄であるアルバート公爵令息に解析を依頼していたようだ。

 私はそれを逆手に取ることにした。
 前回と同様に公爵令息の罪を捏造して、あの男と彼女を婚約破棄へ持って行くのだ。

 今回も名門ヨーク家を一旦地獄に落とすのは心苦しいが、大いなる野望の為には多少の犠牲は付き物だ。
 それに、最後は全てを現王家に罪を被せ処刑台へ送る予定だから問題ない。申し訳ないが、ヨーク家には少しの間だけ辛抱してもらおう。

 今回は派閥の者たちが誤ってヨーク家を処刑することのないように、私は厳しく目を光らせた。
 公爵家への処遇はあくまでも一時的なもので、最終的には本来の王家であるドゥ・ルイス家と縁続きになるのだから。

 そして、我々の陰謀は成功し、ヨーク公爵令息は未だに牢の中、第一王子と公爵令嬢は婚約破棄に至り、社交会の爪弾き者になっているシャーロット嬢に改めて婚約の申し込みを行った。
 状況から顧みて、ヨーク家は縁談を受け、王弟派の傘下になることはほぼ決定しただろう。

 やっとだ。
 やっと、この時が来た。
 私は晴れてシャーロット嬢と結ばれるのだ。


 そして――………………、
 眼前の薄汚い平民女はどう始末すべきだろうか。
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