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79 公爵令息の独白⑤

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「この姿は……?」

 鏡の中の幼い己の姿を目視した時は、悪夢かと思った。私はこれからも延々と、あの敗北に染まった人生を見続けなければならないのか、と。

 だが数日間ほど悪夢の中を過ごして、ようやく理解した。
 どうやらここは、悪い夢の中ではなく、本当に過去に逆行したのだと。

 にわかに胸が昂揚して、私は神に選ばれたのだと確信した。
 これは、次こそ必ずシャーロット嬢と共に、王位の座に就くのだと天からの導きなのだ。

 それに応える為にも、今度こそは絶対に失敗ができない。



 まずは前回の人生について整理をした。

 見た目はまだ幼い私は、両親から頭がおかしくなったのではないかと心配されるほど、連日図書館にこもって調査と思考に費やした。今度こそ一つも綻びがないように、細心の注意を払って綿密に計画を立てた。

 私の策は途中までは順調だったのだ。
 故に今回も、基本的には前と同じような道筋をなぞるのが最良だと考えた。

 だが、突如不測の事態が起こる可能性がある。計画がどのように転んでも対応できるように、私は何度も何度も、様々な想定とその解法を思案した。

 その中でも、最も警戒をしたのは――……ロージー・モーガン男爵令嬢の存在だ。

 私は今回も第一王子を堕とす為に、あの娘を利用することになるだろう。あのような男を誑し込む天性の逸材は、中々お目にかかれないからだ。
 これから他を探すより、あの娘を再び調教するほうが確実だ。それに、前回の道筋と大幅に外れることによって、王位奪還計画の軌道が逸れることは避けたかった。

 あの娘は、前回に増して私に夢中になっているように見えた。これは演技か本心か。猜疑心は募っていくばかりだった。
 ただ、私も前の記憶を持っているということは、絶対に悟られてはならない。もしもこの娘に知られたら計画が全て水の泡だ。

 故に私は、出来る限りこの娘の前では過去と寸分変わらぬように振る舞った。すると、あの娘はすっかり油断したようで、稀に綻びが出るようになった。
 私は以前に増して注意深くこの娘を観察して、完全に行動を把握するように務めた。

 あの娘は、前回の人生では土壇場で私を裏切った。今回も、そこは最大限に警戒をしなければならない。
 あれは野心の塊だ。平民だけあって、卑しい心根の持ち主なのだ。

 社会通念上、平民が王妃の位に就くなどあってはならない。現王家の曾祖母も、王子は生めど正妃にはなれなかった。

 未来の国母となる令嬢は、幼少期から厳しい教育を受ける。
 それは平民の付け焼き刃でどうにかなる重みではない。国の威信がかかっているからだ。

 それ故、平民上がりの男爵令嬢如きが王妃となるなど、決してあり得ないのだった。

 しかし、あの娘は厚かましくも私の隣に立つことを欲した。
 その愚かな野望の為に……己より遥かに血筋の良いシャーロット嬢を手に掛けたのだ。卑しい血の、下民の分際で。

 あれだけは絶対に阻止しなければならなかった。
 私は、二度とあのような身を引き裂かれるような悲痛な思いをしたくはない。今度こそあの娘の身勝手な暴走を、決して見逃すわけにはならなかった。



 あの娘との出会いも変わらなかった。
 私は誘われるように王都の裏路地へ向かい、今まさに襲われている状況のあの娘を救い、それからは王都の道案内だ。

 こんな品性の欠片もない田舎娘を、またぞろ案内しなければならないと思ったら気が重かったが、仕方ない。先ずはこの娘を、我が陣営に取り込まなければならないのだ。


「っ……!」

 そして……その違和感はすぐに気付いた。いや、あの女と出会った時から、不可解に感じていたのかもしれない。

 この娘は、前回とは何かが違う。
 本人は必死で隠しているのかもしれない。だが、僅かな違和感が徐々に繋がっていって、疑念はやがて確信となった。

 ロージー・モーガンは一度目の人生の記憶を持っている。

 それを悟った瞬間、目の前が闇夜の帷が降りたかのように黒く染まった。肉体が深淵に真っ逆様に落ちていくような気分だった。

 神が選んだのは、私一人ではなかったのか…………。

 いや、そもそもの前提を変えなければなるまい。崇高なる目的の為には、落ち込んでいる時間などないのだ。
 私は特別などではない。神など存在しない。思い上がるな。ただ、奇跡が重なって運命の気まぐれで逆行しただけだろう、と――……。

 一刻も早く計画を立て直さなければいけないと思った。

 ロージー・モーガンが記憶を持って逆行しているということは、他の者たちも記憶を保持しているという可能性が十二分にあり得るからだ。

 ……その中に、エドワード・グレトラントが入っている確率は高い。

 仮にそうだとすると非常に厄介だ。あの男は前回の人生と同じ運命は回避するはずだし、私に対しても復讐を企てるだろう。

 絶対に負けられない。
 今度こそシャーロット嬢を手に入れなければ。

 記憶が戻っている場合、戻っていない場合、特定の人物のみ、複数人……等と、私はありとあらゆる可能性を考慮して、様々な事態を想定しながら今後の計画について改めて考え直した。



 予想は当たったようだった。

 まずは、シャーロット嬢。彼女も前の記憶を持っているのだとすぐに分かった。
 何故ならば、彼女の行動は全て過去の悲劇を回避することを目的としていたようだったからだ。

 その切羽詰まった様子は、完全にあの男を嫌悪していると見て取れて、私は安堵した。
 好機だと思った。彼女の心は完全にあの男から離れている。

 だから、今度こそ彼女と親密になろうと、私は早くから行動を起こすことに決めたのだ。


 しかし、今回も想定外の事態に陥ってしまった。
 シャーロット嬢は、私ではなく、第二王子――ヘンリー・グレトラントと手を組んだのである。


 しかも…………二人は、相思相愛の仲だったのだ。


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