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第85話 パラドクス ①

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 ピノアは、皆を艦橋に集め、ブライ・アジ・ダハーカの最期の言葉を話した。

 レオナルドが人工的にエーテルを産み出そうとした際にはもう、リバーステラの何者かによって、すでにリバーステラからテラへの一方通行のゲートが開通していたと思われること。
 そうでなければ、放射性物質がリバーステラからテラへと流れ込むはずがなく、ダークマターが産まれることもなかったこと。

 ブライやレオナルドや国王は、ダークマターの誕生をきっかけに、異世界の存在の可能性を考えるようになったが、リバーステラのその何者かは、それ以前からテラの存在に気づいていたと思われること。


 そして、ブライやレオナルドは、ダークマターの持つ力の危険性を危惧し、彼らは本当に、聖書にあるみだりにその名を口にしてはならない神「ハオジ・マワリー」を召喚し、その力を借りるか、助言を乞おうとしたこと。

 にもかかわらず、エウロペの城下町のはずれにゲートが産まれてしまったこと。

 そして、そのゲートは、放射性物質だけでなく、リバーステラから人が迷い来んできてしまうほどの大きなものだったということ。

 それにより、ますます放射性物質が流れ込むようになり、同時に、たった100年で一万人目もリバーステラから来訪者が訪れてしまったこと。

 テラは、リバーステラにとって、放射性物質のゴミ処理場に過ぎなかったこと。

 しかし、ゴミ処理場に過ぎなかったテラで、リバーステラではその浄化が不可能であり、自然に無毒化するのを待つしかなく、それには数十万年もかかる放射性物質の浄化方法を発見した者が現れた。

 レオナルドだ。

 彼はすでに他界してしまったが、その秘術はレンジの甲冑に遺されており、現在はピノアがその秘術をさらに昇華させた技を持っている。

 そしておそらく、リバーステラはピノアの技とレンジの甲冑に遺された秘術を欲しがっていること。
 しかし、そのどちらも、大気中にエーテルが存在しないリバーステラでは発動させることができない。
 だから、リバーステラはエーテルも欲しがっているであろうこと。

 ブライもレオナルドも、ゲートを作り出す方法を知らなかったこと。

 リバーステラとの戦争は避けられないこと。

 リバーステラがいつ、巨大なゲートを大量に作り出し、テラへ侵略してくるかわからないこと。


「まさか、レンジの生まれ育った世界が攻めてくるかもしれないなんて……」

 レンジを責める口調ではなかったが、ステラの言葉は彼には耳が痛かった。


「わたしたちが抱えている問題はそれだけではないわ」

 ステラは言った。

「アンフィスの時代に訪れたわたしたちは、彼を倒し、わたしがエウロペの新たな大賢者になっていたのよね?」

 ステラの言葉にアンフィスはうなづいた。

「未来のわたしもブライも、時の精霊の魔法が使えた。
 つまり、時の精霊は再び姿を現していた。
 未来のわたしたちは彼を倒したと思い込んでいたけれど、そうではなかった。
 彼は時の果てに逃げ隠れていただけ。
 そして、大厄災の魔法を習得するために、アンフィスの時代へと渡り、わたしたちはそれに気づきおいかけた」

「でも、ブライは間違いなく死んだよ。
 レンジのお父さんも……」

 ピノアは言いにくそうにそう言った。

「父さんのことは気にしなくていいよ。もうぼくは受け入れてるからさ」

「わかった! レンジのお父さんも死んだよ!! 間違いなく!!!」

「ピノアちゃん? レンジ君が吐血しかかってるからやめてあげて?」

 アルマの優しさが身に染みると同時に、ピノアの純粋無垢だからこその残酷さが身に染みた。
 でも、たぶん、わざとやってる。やられてる。レンジにはそれがわかった。

 散々、ピノアがコムーネの町を離れていた2日間に、ステラとの間に何があったのかについて、レンジは尋問? 取り調べ? を数時間受けたばかりであった。


 それにしても、未来のステラたちと今の彼女たちの現状は、あまりに変わりすぎていた。


「もしかしたら、俺がピノアをそそのかしたことで、歴史が変わっちまったのかもしれないな。
 だが、変わると何か問題があるのか?」

「ブライがあなたの時代に行かなければ、そもそも大厄災はどうなるのかしら?」

「大厄災の正しい預言は確か……」


――大厄災を起こす者は、銀色の髪と赤い瞳と白い肌を持ち、老いを知らず数百年の時を生きるだろう。
  しかし、その者は力を持つだけで、自ら大厄災を起こすことはないだろう。
  大厄災は、その力を利用しようとする者が現れるために起きるだろう。
  その者の存在こそが真の大厄災であり、その者を止める救厄の聖者は、その者と同じ時から訪れるだろう。
  聖者は13人おり、大厄災を起こす力を持つ者は14人目の聖者となるだろう。

「実際には、13人の中に未来の俺がいて、俺は14人目じゃなかったんだけどな。
 だから、ブライが死んだ今、奴はあの時代には来ない。
 だから大厄災が起きることもなく、未来のステラたちが俺の時代に来ることもないんじゃないか?」

「それだと、あなたがなぜ今、ここにいるのかがわからなくなってしまうのよ」

 確かにそうだ、とアンフィスは思った。
 未来のステラたちに助けられたからこそ、自分は今ここにいるのだ。

「しかも、その預言はすでに、書き換えられてるよね」

 ニーズヘッグが言った。

 先の本来の預言を、未来のステラが書き換えたものが、

――救厄の聖者とその12人の弟子が世界を大厄災から守るだろう。
  大厄災を起こす者は、銀色の髪と赤い瞳と白い肌を持ち、老いることなく数百年の時を生きる者。

 であり、それを本来の預言と勘違いした未来のブライは、

――救厄の聖者とその12人の弟子が世界を大厄災から守るだろう。
  聖者は、銀色の髪と赤い瞳と白い肌を持ち、老いることなく数百年の時を生きる者。

 と、2文目の文章の主語を書き換えた。

 それが現在の聖書にある預言だった。


 ステラは、もしかしたら近い将来大賢者となり、時の精霊も姿を現すかもしれない。
 しかし、ブライがいない今、預言を書き換えるためにアンフィスの時代よりもさらに数百年前にあたる、聖書の編纂者であり預言者に会いに行く必要はないのだ。

 他界したブライには、未来のブライなどいないからだ。


「可能性はいくつか考えられるよ」

 レンジは言った。うまく説明できるかどうかわからないけれど、と前置きしてから、彼の考える可能性について話すことにした。

「すでに二回、未来のステラやブライによって預言が書き換えられているのは間違いない。
 でも、その未来のステラやぼくたち、つまりはアンフィスを助けたぼくたちや、アンフィスに最後の晩餐から処刑、大厄災を繰り返させた未来のブライは、今のぼくたちの未来ではないんだ」


「レンジが何を言ってるかわかるか?」

「全然わかんない!!」

「申し訳ないがぼくもだ」

「わたしは、わかりそうでわからないような……やっぱりわからない感じ」


「つまり、未来のわたしたちが預言を書き換えたり、アンフィスを助けたことによって、今のわたしたちがあるわけなのだけれど……
 未来のわたしたちは、ブライが大厄災の魔法を習得することを阻止するために、預言を書き換えた。
 未来のわたしたちにとって、預言は最初から本来の預言であり、書き換えたあとも預言は本来のままであるということかしら?」

「そうだと思う。
 未来のぼくたちが過去を変えたことで、具体的には未来のステラが預言を書き換えた瞬間からかな、この世界の歴史はふたつに分岐してるんだよ。
 預言が本来のままであり続ける世界と、預言が書き換えられてしまった世界が存在するんだ」


 ピノアは、ランドセルからノートのようなものを取り出し、

「絵で説明して」

 と、レンジに言った。

 レンジは、ドラゴンボールの世界からなんとかして未来のトランクスが来てくれたら、きっとうまく説明してくれるんだろうなぁと思いながら、気が付くとトランクスの絵を描いていた。なかなかうまく描けた。


 しかし、それは、レンジが考えていた可能性の中で、理解するのが困難ではあるものの、一番楽観的なものでしかなかった。


「別の可能性として、ブライ・アジ・ダハーカがひとりではないのかもしれない、とぼくは考えてもいるんだ」

 レンジの言葉に、皆はさらに、は? という顔をした。

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