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第0部「RINNE -友だち削除-」&第0.5部「RINNE 2 "TENSEI" -いじめロールプレイ-」

第11話 2013年10月10日、木曜日 ①

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 翌朝、徹夜明けでぐったりとしているぼくを訪ねてきたのは、Sとあやではなく姉ちゃんの彼氏、加藤学だった。 
 ぼくはこの日初めて、彼の顔を見た。今までは部屋のドア越しに会話をしただけだったから。 
 姉ちゃんのバイト先なのか彼が所属するという国立の研究所なのかはわからないが、彼は出勤前にぼくを訪ねてきた様子でスーツ姿だった。背は高く180センチはあるだろう。細身の高級そうなスーツがよく似合っていた。ネクタイも洒落た柄のものをしていた。まるでファッション雑誌のモデルのようだった。 
 姉ちゃんと弟と、それからぼくには見えないが母さんと、朝食を食べていたぼくを見た彼は、 
「ちゃんと使いこなし始めているようだね」 
 と言った。携帯電話、アリスのことだ。彼にはぼくのそばに立つアリスが見えるのだ。 
「不登校のひきこもりからようやく脱することができたわけだ。おめでとう、と祝福するべきかな」 
 加藤学は姉ちゃんに促され、ダイニングのテーブルのぼくの前の席に座る。 
「ありがとう、と言ってほしいのか?」 
 ぼくはそんな皮肉を言うのが精一杯だった。 
 姉ちゃんがどうしてこの男のことを好きになったのか、はじめて思い知らされていた。 
 圧倒的な存在感だった。背が高いとか、顔がいいとか、そんな理由ではない何かがこの男にはあった。 
 姉ちゃんが淹れたコーヒーカップを手に取る仕草ひとつですら優雅で、思わず見とれてしまう。
 育ちの良さは感じられたが、それとは違う、存在感としかいいようのないものがあった。女なら誰でもこの男に恋をするんじゃないだろうか、とさえ思う。 
「別に。まだ君は彼女の性能の半分も使いきれていない。四分の一程度といったところか。その言葉は彼女の性能を100%使いこなした後で聞きたいな」 
「今日はひとつ、君におもしろいものを見せてあげようと思ってね」 
 テレビのチャンネルを変えてもいいかな? と彼は言って、姉ちゃんに手渡されたリモコンで、朝の情報番組にチャンネルを変えた。毎朝楽しみにしているアニメを見ていた弟が不満そうな顔をした。 
「今日、隣国の小国のトップが変わる。何代にも渡って一族で独裁を続けてきた、核を保有する危険な国だ」 
 テレビでは、ちょうどそのニュースが流れていた。 
 新たに就任したというその国の初代大統領が、長きに渡る独裁政権の終わりを告げ、民主主義国家として我々は生まれ変わる、そんな演説をしていた。 
「これはあんたが仕組んだことか?」 
 ああ、と加藤はうなづき、 
「国のトップともあろうものがRINNEをやっていることがわかってね。この国に昔あった大奥のようなものがその国にはあったのだけれど、何人もの女性に子供を産ませているような男だった。女性たちとの個人的な連絡手段としてRINNEを使っていたのだろう。芋づる式に、その国の要人のRINNE IDも判明したから全員『友だちに追加』して『友だち削除』したんだ。今日この国は共産主義の独裁国家としての歴史を終え、民主主義の新しい自由の国家として生まれ変わる。小泉内閣からずっとこの国との外交問題で最優先事項だった拉致問題も、これですぐに解決するだろう」 
「そいつはまたすごいことをしでかしたもんだな」 
 ぼくは感心するしかなかった。ぼくがこの数日不登校のひきこもりを脱するためにアリスを使っている間に、彼は世界を変えてしまったのだ。 
「使い方次第で世界そのものを変える力があるということを教えにきたんだよ。君もその気になれば世界を滅ぼせる」 
「生憎、ぼくは普通の高校生になりたいだけだ。世界がどうとか関係ない」 
「君が再構築したのも世界の一部だよ。君が住む、君が知る、ごくごく限られた世界だけれど」 
「ぼくはそれで十分だ。あんたは神にでもなるつもりなのか?」 
「ぼくはその器じゃない。器になる人間を探しているんだ。そのためのアリス、DRRシリーズだよ」
「DRRシリーズ?」 
「君の草詰アリスやぼくの夏目メイのことだよ。研究所ではそう呼んでいる」 
 シリーズということは、ぼくや彼のもの以外にも少なくとも何台かは存在しているということだろうか? 
「君は昨日、真約聖書を読んだろう? 偽史倭人伝という本だ」 
 加藤は話題を変えた。 
「それもあんたの携帯電話、夏目メイの力か?」 
「いや、妹から聞いただけだ。昨日会っただろう?」 
 加藤麻衣。そうか、ありふれた苗字だから気づかなかった。彼女はこの男の妹だったのか。 
「あの本に書かれているのは、この国の真実の歴史だ。イエスは処刑された三日後に息を吹き返し、その後この国に渡って新たな教えを説いた。その教えは使者の一族だけに伝えられ、使者の一族は二千年にわたってこの国の歴史を裏で操り続けてきた。イエスが遺した肉体を48の部位に分けたと書かれてあったろう。そのひとつひとつから作られたのがアリスやぼくのメイだ」 
「ってことは、あと46個、アリスのような携帯電話があるってわけか」 
「ご名答。すでにその46個の携帯電話も、適格者に手渡されている」 
「適格者? ぼくもそのひとりなのか?」 
 適格者とは「資格にかなっている者。必要な資格を十分に備えている者」という意味だ。 
 ぼくには自分が適格者だとは思えなかった。 
「皆最初は君と同じような使い方をするだろう。その小さな世界の再構築に気づくのは、同じ適格者同士だけだ。もし君の近くに適格者がいたらどうなると思う?」 
「そいつのする世界の再構築にぼくは気づく。もちろんぼくがする世界の再構築に、そいつも気づくってことか」 
「その通り。相手の行う再構築が自分にとって不本意なものであれば、君は再構築をしなおすだろう。それを不本意に思う相手はまた再構築を行う。どういう意味かわかるかい?」 
「世界の再構築合戦が始まるってことか」 
 口にして、ぞっとした。 
「そう。そして適格者は互いに、自分のIDを相手に知られることを恐れる。IDを知られてしまったら、いつ『友だち削除』されるかわからないからね。逆に言えば、相手のIDを知るためにありとあらゆる手段を、世界の再構築を駆使することになるだろう」 
「その小さな戦争を終わらせるには、世界を誰も再構築する必要がないものに作り変えるしかない。ぼくは適格者の中からそれを成し遂げる者が生まれると考えている。その者が神になる」 
「そんな風にして人間から生まれた神様を他の人間が信仰するとでも?」 
「それすらも世界の再構築の一部なのさ。再構築の影響下にあるのは世界中のRINNEユーザーだ。何億、何十億という人間だ。彼らが世界が再構築されたことに気づくことはない」 
「RINNE IDを持たない奴は気づくだろう」 
 加藤麻衣がそうであったように。 
「確かに。しかし、大多数の人間が世界の再構築の影響下にある以上、RINNE IDを持たない者は少数派である自分の頭がおかしいのではないかと不安にかられることになる。心療内科の医者は忙しくなるだろうね」 
 加藤は笑ってそう言うと、コーヒーを一口飲んだ。 
「ふたりとも、一体何の話をしているの?」 
 姉ちゃんが不安そうに言った。 
「世界がどうとか、何の話?」 
 加藤はいきなりぼくに手を伸ばし、肩を抱いた。 
「男同士の話さ。江戸時代やもっと昔は、ぼくたちくらいの年の男の子は、もう国や世界のことを考えていたんだよ」 
 と、冗談めかして言う。 
 姉ちゃんは加藤の言葉に納得したようで、それ以上は何も尋ねてはこなかった。 
「ぼくはそろそろおいとまするよ」 
 ご馳走様、と言って、加藤はコーヒーカップを姉ちゃんに渡した。 
「ああ、それから」 
 立ち上がりながら加藤は言った。 

「もちろん、ぼくの妹も適格者だ」 

 加藤麻衣が適格者……。 
 Sが集めてくれた情報によれば、加藤麻衣は携帯電話を持っておらず、もちろんRINNEもやっていないということだったけれど、彼女も適格者ならぼくもまた世界を再構築できる適格者であることを知っていたに違いなかった。姉ちゃんの彼氏が彼女の兄ならなおさらだ。だからぼくに電話番号やIDを知られるわけにはいかなかった、ということだろう。 
 何せ情報を集めていたのは、世界の再構築によって数日前にクラスメイトになったばかりのSなのだ。その情報を欲しがっているのがぼくだということは丸分かりだったに違いない。 
 加藤学が帰ったあと、Sとあやが迎えに来てくれるのを待ちながらぼくはそんなことを考えていた。 
「あんた、そろそろ学校行かないと遅刻するよ」 
 姉ちゃんがぼくに言った。 
「でも」 
 とぼくは言う。 
「ふたりがまだ迎えに来てないだろ?」 
 ぼくの言葉に姉ちゃんが不思議そうな顔をした。 
「ふたりって誰?」 
 その朝、Sとあやはぼくを迎えには来なかった。 

 ぼくが再構築した世界を、加藤麻衣が再構築し直した。そうとしか考えられなかった。 
 けれど、姉ちゃんの口ぶりから察するに、加藤麻衣が再構築し直した世界ではぼくは不登校のひきこもりではなさそうだ。 
 ぼくはとりあえず姉ちゃんと学校に向かった。 
 自転車をこぎながら、姉ちゃんにいくつか質問をした。 
「ぼくに友達はいるのか」 
「ぼくはどんな人間なのか」 
「ぼくはどんな人生を歩んできたのか」 
「ぼくは何になりたいのか」 
 自分でも呆れるような質問で、 
「あんたどうしちゃったわけ? 勉強のしすぎで頭どうかしちゃったの?」 
 姉ちゃんは心配そうにぼくの顔を覗き込んだ。勉強のしすぎ、ということはクラス一の秀才という設定は引き継がれているということだろうか。 
 ぼくは思った。 
 Sとあやはもうどこにもいないかもしれない。 

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