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水の国『メルクーア』〜水が創り出す魔物の大海〜
第114話
しおりを挟むレインには槍が向かって来るのは分かっていた。傀儡の強さやレイン自身の身体能力を見せる事が出来たつもりだった。これをわざと受けて少しの怪我で終わらせてもいいとすら思っていた。
しかしエリスに負けないでと言われた。レインが負けるみたいな事を言われたんだろう。それくらい予想がつく。
こっちを見て必死に叫ぶエリスは泣きそうな顔をしている。このまま負けたらエリスを悲しませる事になる。それだけは絶対にあってはならない。
「……………………」
「諦めたのか?」
観客席の方に視線を向けるレインにレダスは少し落胆した。氷の槍は真っ直ぐレインに向かっている。もう回避する事は出来ないだろう。
迫る槍の切っ先がレインを捉えようとした時だった。
「…………止まれ」
レインのその一言に応えるように氷の槍は空中で動きを止めた。
「なに?!」
レダスもここに来て1番大きな声を出した。目の前に広がる光景が信じられなかったのだろう。観客席にいる覚醒者たちも驚きを隠せなかった。
レダスが放った氷の槍も魔力によって作られた物だ。
カトレアに召喚された天使たちにも効果があったのだからレダスのスキルによって作られた槍にも効果はあると思っていた。
「…………砕けろ」
氷の槍はその言葉の後に粉々に砕け散った。槍のみを対象としていたからこの空間に広がる氷は変わらなかった。もちろん砕く事もできた。ただレインは圧倒的に勝つ必要があった。
「……エリスにも負けないでって言われたからな。すまないが……ここから圧倒させてもらう」
「何を言ってるんだ?何をしたのかは分からないが、〈氷結領域〉が完成した状態で逆転した奴はこれまでいない」
「……そうか。俺は今から本気で行く。正直……手を抜いていた」
「これからが本番ってことか?……だとしたら少し遅かったな。この世界において俺は最強だ」
レダスは先程レインが砕いた槍よりも巨大な大剣を複数作り出した。槍と同じように浮遊している。
さらにレダスから放出される冷気も勢いを増していく。
凍りついた天井、床、壁はどんどん分厚い氷に覆われていき訓練所内が狭まってくる。
当然、気温も下がり続けている。レインが何もしなければ動く事もできなくなってくるだろう。
「…………〈最上位強化〉発動」
レインが一言呟く。
「なに?」
レダスはそれをよく聞き取れなかった。ただレインが何かするという事は理解した為、一層警戒を強めた。
「……………ガハッ……な、何故…だ?」
レダスは困惑する。なぜ目の前にレインがいるのか、なぜレインの拳がレダスの鳩尾を正確に捉えているのか。
油断していたわけじゃない。防御を疎かにしていたわけでもない。
防具の周りに氷を薄く何層にも掛け合わせていた。オルガほどではないがちゃんと防御も意識していた。しかしレインの拳はそれら全てを破壊していた。
「…………ぐッ……うぁあああ!!!」
レダスが叫ぶと自分を中心に無数の氷の槍が切っ先を天井へ向けて床から生えてきた。レダスの近くにいる者は全て串刺しになっただろう。
しかしレインの目には見えていた。氷の世界でも衰える事のない身体能力でいとも簡単に回避した。
「これで俺の身体能力は証明したな。次は……傀儡だ」
「な、なめるなよ。……俺も本気で……殺す気でやってやる」
レダスが右の手のひらを掲げる。すると氷の世界に変化が起きる。床だけじゃない。壁や天井からも無数の槍が出現し始めた。全方向からの氷槍の投擲。
「…………お兄ちゃん……本気だね。止めた方がいいかな?」
オルガも2人の様子が変わったことに気付いた。2人は今回のダンジョンを攻略する重要な戦力だ。
どちらか片方でも離脱という事になれば、それはダンジョン攻略失敗を意味する。
立ち上がったオルガの腕を阿頼耶が掴む。
「大丈夫です。レインさんは至って冷静です。これで決着なのでもう少し待ってください」
「何を……あっ!」
オルガは阿頼耶が何を言っているのか分からなかった。その為、介入が遅れた。
「これを防げるのなら防いでみろ!レイン・エタニア!!」
既にレダスはレインに向けて氷の槍を放っていた。それも全てだ。無数の槍が全方向からの放たれる。
もはや回避出来るかどうかの話ではない。人が通れる隙間が一切存在しなかった。
"……ここは天井も高いから……大丈夫そうだな"
「傀儡召喚……鬼平、剣士、騎士、騎兵、巨人兵全て出てこい」
レインの足元から黒い空間が広がる。氷に覆われた白銀の世界を塗り潰すように広がっていく。
そして黒い空間から一斉に傀儡たちが這い出てきた。それぞれの傀儡が持つ武器と防具がレインへ放たれていた氷の槍を叩き折った。
高い天井に届きそうな3体の巨人兵は纏わりつく冷気を腕の一振りで消し飛ばし、壁や天井の氷を破壊する。
「ここまで一気に召喚したのはカトレア以来だな」
レインはレダスを見た。その表情からは驚愕と少しの恐れが見て取れた。そして今のレインとの差を無理やり実感させた。
「行け、無力化しろ。ただし怪我はさせるな。取り押さえろ」
その言葉に呼応するように黒い波がレダスへと向かっていく。レダスは必死に氷の壁を作り出し、傀儡たちを凍らせ、槍や剣を回転させながら飛ばして迎撃した。
それを数だけで無理やり突破した。傀儡が接近してからもレダスは作り出した氷の剣で傀儡たちを斬り伏せていた。
しかし斬った瞬間から再生していく、凍らせて動きを止めたとしても、その後ろに控える傀儡が氷を破壊していく。
レダスが傀儡たちによって取り押さえられそうになった時、レインも動いた。自分の前に立つ邪魔な傀儡のみ召喚を解除して道を作った。
レダスはレインの接近に気付けない。目の前に迫る傀儡たちに手一杯だった。このまま何もしなくても制圧できただろう。
ただレインは証明する必要があった。召喚スキルを扱いながら戦える覚醒者である事を。
レインは全速力で接近した。そして剣を持って正面からレダスの首を狙って剣を振るう。
傀儡たちの間からいきなり飛び出してきたレインにレダスが対応出来るはずがなかった。レインが振るった剣はレダスの首ギリギリ手前で止まる。
他の傀儡たちも武器を構えてレダスを取り囲んでいた。この状態から逆転できる術こそないだろう。
「降参だ……俺の負けだ」
その言葉と同時に氷の世界は砕け散った。こうして2つの国の代表同士の手合わせは終了した。
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