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2話 卒業式当日

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 卒業式当日ーー。

「ふぅ。やっと、これでこの学園ともおさらばね」

 学園に用意された寮の一室で、私は、お付のメイドであるマリアに声をかけた。

「本当に……!こんな糞みたいな学園からは、さっさと出て行きましょう!」

 鏡に映るマリアは、私の髪を櫛で整えながら、般若のような顔をしていた。
 幼い頃から私に仕えてくれたマリアは、私を本当に大切にしてくれている、可愛くて万能な私のメイド。

「昨日は、マリアがキールに襲い掛かるんじゃないかと思って、内心、ヒヤヒヤしていました」

 婚約破棄騒動で、私が1番心配していたのは、マリアの事だった。私を大好き過ぎる万能メイドが、いつ、沸点を飛び越えてキールやメアリーに襲いかからないかと、ドキドキしていた。

「本当は殺ーー失礼。首根っこを引っ張って床に叩き付けたかった所なのですが、寸前で食い止めました」

「思い留まってくれて良かったわ。あれでマリアまで暴走していたら、もっとカオスな状況になっていたもの」

 メイドだけど、実はマリアは腕利きの護衛でもある。キールみたいな貧弱男なんて、マリアにとっては、もやしみたいなもの。あら、もやしに失礼ね。もやしは美味しいもの。

「カナリア様に向かってあのような無礼な態度ーー!ただ殺すだけでは、あまりにも生温すぎます!殺すなら、ありとあらゆる苦痛を与えるべきですが、残念ながらここには道具が揃っておらず、それなら、生きて、死よりも辛い苦しみを味わうべきだと思いました!」

「……思い留まってくれて良かったわ」

 出来れば血の雨は見たくないし、拷問シーンも見たくない。


 身支度を終え、鏡の前に立つ。
 この日の為にお兄様が用意して下さった、特注のドレスは、私の瞳の色に合わせた、青い色。

「カナリア様、装飾品も届いております」
「ありがとう」

 この学園の貴族の令嬢達は、学園生活中も、優雅で華美な装飾品を常に身にまとっていたけど、私は、学園生活中は、一切、装飾品を身に付けなかった。
 学園では、学業が本分だから必要無いと思って、家にあった装飾品は持って来なかったし、買ってもいない。
 お兄様は私の性分を理解してくれていて、ちゃんと装飾品も送ってくれてる。
 馬鹿男と勝手に婚約させられて、こんな学園に送り込まれた時は、お兄様なんて大嫌い!と、声を荒らげて非難しましたが、毎日謝罪の手紙が送られ、こうして、素敵なドレスと装飾品をプレゼントしてくれたのだから、許すとしましょう。

 胸元に光る、ダイヤモンドのブローチに、大粒の真珠のネックレス。指には、アメジストの指輪、ブレスレットには、ルビー、他にも、サファイアやエメラルド。どれも貴重で、これでもかってくらい、豪華で華美な装飾品達。勿論、ドレスも特注品。

「さ、行きましょうか」

 装備品を全て身に付け、私は卒業式にと向かった。



「あら、カナリア様じゃないですかぁー」

 式場に入ると、真っ先にメアリーさんが話し掛けて来た。
 ピンクのドレスに身を包み、男爵令嬢では用意出来ないであろう装飾品を身に付けている。

「いいでしょう?これ、キール様が用意してくれたんですぅ。私は、いらないって断ったんですけどぉ、どうしても、私にプレゼントしたいって言われてぇ」

「そうなのですね。それはおめでとうございます」
(心っっっ底どうでもいーわ!!!)

 心の声を必死で押し殺して、愛想笑いを浮かべる。

「それにしても……カナリア様、無理されてません?」
「無理?」

 私の全身を上から下まで見たメアリーは、ぷっ。と、馬鹿にしたように笑った。

「普段宝石なんて身に付けないカナリア様が、無理して安物の宝石を全身に身に付けちゃってるのが、何だか痛々しいってゆーかぁ。何だか、無理してるんだなぁーって、私、心配になっちゃってー」

「……」
 思わず、無言。言葉を無くすとはこの事か。

 ああ、そうか。今まで宝石とか、高級な物に触れて生きてこなかったから、そういう物を見極める目利きの能力が皆無なのですね。
 そう思ったら、この子の身に付けてる装飾品が、とても哀れに思えてきますね。きっと、この子は安物の宝石をプレゼントされても、何も分かりはしないでしょうから。

「このドレスだって、キール様が用意して下さった物でぇ」
「……もうすぐ式が始まるので、失礼しますね」

 こんなに身にならない会話は初めて。頭も痛くなって来たし、そそくさと撤退しようと、途中で会話を切り上げた。

「あ!そー言えば、式と言えばですけどぉ、最初のダンス。楽しみですねぇ」

「……」
 まだ話は終わらないのね…。

 分かりやすいぐらい露骨に会話を切り上げたつもりなのに、彼女には伝わらなかったみたいで、まだ、ペラペラとお話を続けた。

 この学園の卒業式は、最初に、生徒達によるダンスから始まる。
 卒業する子供達の門出を祝うのが一般的な卒業式だが、この国の貴族の卒業式は、そうじゃない。卒業式は、親が、子供を評価をする催しだ。
 最初のダンスもその一環で、ダンスの実力を両親に見せるのが目的だが、最大の目玉は、子供達が、誰とダンスを踊るか。である。
 この学園生活で、いかに、家にとって有益な相手と付き合う事が出来たか。令嬢にとっては、最も重要な催しとも言える。
 最初に踊る相手は、特別、強い結び付きを示す相手で有り、婚約者がいれば、最初のダンスは、普通、その婚約者を選ぶのが一般的。

「本当はカナリア様は、キール様と踊るはずだったのに、キール様は私が良いってゆーから、カナリア様とは踊れないし、そうなるとカナリア様はぁ、別の誰かと踊らなきゃですよねー?」

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