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3話 婚約破棄本番

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 ニヤニヤと薄笑いを浮かべながら、言葉を続ける。

「誰かが、カナリア様なんかと踊ってくれたらいーんですけどぉ」
「……」

 言いたい事を全て言い終えたのか、やっと、彼女は上機嫌で、私の元から去った。

「ふぅ…」
 これは、安堵の溜め息。

 何故安堵するのかと言うと、それは、私の万能メイド、マリアが暴走しなかったから。
 離れた場所で待機してるけど、マリアの事だから、絶対に私の様子を観察してる。大好きな主人を馬鹿にされて、怒り心頭なのは間違い無い。

 あと少しの辛抱だから、頑張って耐えて欲しいわ。

 私は真っ直ぐに前を向いて、ダンスフロアまで足を進めたーーー。



 ♪♬♬♪♬♪♪♬♬♪♪♪♬♪

 この日の為に用意された音楽隊による演奏が始まる。
 式場には、生徒の親達も既に着席されていて、今か今かと、我が子の達の出番を心待ちにしていた。

「帝国の王、王妃、王子にご挨拶します」

 学園の校長先生が、特別席で観覧されている、王族達に、丁寧にご挨拶のお言葉を告げる。勿論、他貴族、生徒、教師、全員が総立ち。
 未来を担う貴族達が勢揃いするとあって、王族の皆さんも、卒業式には見学にいらっしゃる。

 その中で、生徒達ーーー特に、女子学生が注目するのが、国王の息子である、ケイ王子だろう。
 彼の噂はかねがね、耳に入っている。
 金髪碧眼。見た目からして、絵に描いたような王子様。どこぞやの公爵子息とは、佇まいからしてレベルが違う。見た目だけで無く、とても優秀で、剣技に優れ、頭も切れ者。王位継承に1番近いと言われている。とか。

 確か、ケイ王子様は、私達より3つ歳上だから、今19歳。王子もこの学園に通っていたらしいけど、私達と在学期間は被らなかったから、私が直接お見受けするのは、これが初めて。

 万が一にも、ここで、そんな噂の王子の目にとまろうものなら、貴族令嬢にとっては、これ以上無い縁談!


「はぁ…。ケイ王子様、格好良いわぁ」

 遠くにいる王子を見上げ、頬を赤らめながら呟くメアリー。

 いや、駄目でしょ。貴女、つい昨日、キールと婚約を結んだんじゃないの?ああ。まだ正式には結んで無いから、問題ーーーにはならないのかしら?でも、あれだけ大勢の人の前で、婚姻を宣言したんだから、他の男にうつつを抜かしてしまえば、問題になると思うけれど。
 昨日の婚約破棄しかり、婚約は、親を交えない、当人同士の口約束に過ぎないから、正式なものでは無い。
 きっと、キールの親、公爵様も、キールが私に、一方的に婚約破棄を言い渡したなんて、思ってもみないでしょうね。

 長い長い校長先生の話が終わり、いよいよ、ダンスが始まるーー。
 生徒達は、次々とペアを組み、ダンスを踊り始める。


「……分かってはいましたけど、予想通りですわね」

 そんな中、1人ポツンと残された私。
 誰からも声がかからず、まるで私を避けるかのように、誰も近寄ってこない。でも、それならそれで構わない。別に、踊りたい相手がいた訳でも無いですし。

 観覧席からは、ただ1人、誰ともダンスを踊らない私の姿に困惑されているようで、ざわめきが聞こえる。
 ーーただ、そのざわめきの内容は、あの2人が思っていた物とは違うとは思いますけど。


「あら、カナリア様!誰からもダンスのお誘いが無いのですか?」

 わざとらしい…。
 既にキールとダンスのペアを組んだメアリーが、仲良く一緒に、私の姿を嘲笑いに来たらしい。

「自業自得、因果応報だ!お前の浅ましい行いが、結果となって返ってきただけにすぎん!」

「キール様、素敵です♡でも、流石に可哀想ですぅ」

 よく言うわね。公爵子息のキールの力を借りて、自分が、私を誘わないようにって根回ししたクセに。わざわざそんな事しなくても、昨日の婚約破棄騒動で、私をダンスに誘う人なんていなかったでしょう。

「メアリー、お前はなんて心優しいんだ…!自分を虐めてきた相手にも、慈悲の心を見せるなんて…!やはりお前こそが、俺の婚約者に相応しい!」

 はて。私は何を見させられているのやら…。観覧席の親達にも聞かせているような、大きな声を出して…何かの三文芝居ですか?

「今、ここで再度、宣言する!俺は、お前との婚約を破棄し、ここにいるメアリーと新しく婚約を結ぶ!」

「きゃあ♡嬉しい!キール様!」

 いかにも、私が悪女だとアピールしつつ、誰からもダンスの誘いが無い、惨めで人望も魅力も無い女であると見せ付けて、親に、私との婚約破棄は妥当だと認めさせたいのでしょうか?だとしたら、昨日のは予行練習で、今日が本番ですね。

「馬鹿馬鹿しいですね」

「ああ?!何だと?!お前、誰に向かってーーー!!」

「勿論。貴方ですわ、キール」

「お前っ!口の利き方に気を付けろ!根暗だけでは飽き足らず、なんて礼儀のなってない女なんだ!」

 普通なら、子爵令嬢如き私が、公爵子息である貴方に呼び捨てなんて許される事じゃないんでしょうけど、そんなのもう関係無いわ。
 ここまで馬鹿にされて、礼儀を尽くす意味も無いし。

「貴方みたいな馬鹿男との婚約破棄には賛成ですが、こんな公の場で、まだ正式に婚約破棄もしていないにも関わらず、別の女を連れ添い、1人の令嬢に対し、堂々と婚約破棄の宣言を行う。紳士の欠片もありませんし、貴方自身の品位を落としている自覚も無い。これが馬鹿馬鹿しくなくて、何になります?」

「お前っ!」
「きゃぁっ!カナリア様、怖ぁい」

 怒りでカッとなるキールと違い、メアリーの方は、笑顔でキールの腕に、甘えるように絡み付いた。
 彼女にとっては、私が反抗すればするほど、自分が虐められている可哀想な被害者。みたいな構図が出来上がると思っているから、好都合なのでしょうね。

「メアリー!大丈夫だ!俺がいる!」

 よほど首ったけなのか、わざとらしい猫なで声にもすぐに騙されるようで、心配そうに声をかけるキール。
 女に溺れた貴族の末路……。よくありそうな展開ですわね。

「カナリア!俺の婚約者に対して何度も卑劣な行いをしたこと!絶対に許さん!お前の家など、すぐに潰してやる!」

 私の家を潰す?随分面白い事を言いますね。

「どうぞ?出来るものなら」

「貴様っっ!!」




「ーーーカナリア様、よろしければ、俺と1曲踊って頂けませんか?」


 キール、メアリーに絡まれていた私に、スマートに手を差し伸べる人物の登場に、騒がしかった式場内が、一気に、静まり返った。


「……ええ、勿論。身に余る光栄ですわ、ケイ王子様」

 私は、差し出された手を、そっと握り返した。

 この国の王位継承権を持つケイ王子様。


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