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20.聖人の心労
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目覚めると、自宅とは違う白い天井と、隣に点滴のバッグがぶら下がっているのが見えた。
どうやら病院に運ばれたらしい。
ほんやりと倒れる直前のことを思い返して、恐怖で意識が覚醒した。幸い貞操帯は外されていた。
どのタイミングで外されたかはわからない。皆にバレたときのことを想像してゾッとするが、近くに新太がいたからきっと大丈夫なはず、と自分に言い聞かせた。
でなければ発狂して叫びだしてしまいそうだった。
自由になる右手を当てて、目を瞑る。疲れた。クリスマスの時から思い返すと、目まぐるしい数ヶ月を過ごしていた。ずっと感情の起伏も激しくて、その反動が一気に来たのだろう。
すこし落ち着いて冷静に考える時間が必要だ。
ため息をつくと、病室のドアをノックされた。返事もせず、寝たふりをしていたら、誰かが静かに入ってきた。
「……聖人さん……ごめんなさい…」
新太だった。聖人の手を握り、涙声で謝る。
新太に触れられると相変わらず胸は高鳴る。
こんなに困らせた怒りもあるが、不安定な精神の中で、新太を好きな気持ちだけは確かな心の拠り所となる。安心した。
だが、新太にはちゃんと反省してもらわなければいけない。仕返しのつもりもあって寝たふりを決め込んだ。
点滴が終わって、看護師がチューブを外しに来た頃、聖人はいつの間にか本当に寝ていた。
体調はかなり良くなっていた。
「…だい…じょうぶ…ですか?」
新太が会計を済ませ、タクシーを呼んでくれていた。一緒に乗り込んで来たが、さすがに反省しているのか言葉数が少ない。
「聖人さん……すみませんでした…」
車中から流れる景色をぼんやり眺めていると新太が言った。うつむく新太の視線は合わない。
新太を好きな気持ちは変わらないのだが、さすがに今回の行為はちゃんと反省してもらいたいと思い、聖人は返事を返さなかった。
そのまま聖人を自宅に送り届けると、怒りをにじませた態度に、新太はすごすごと帰っていった。
まだ就業時間内だったので会社に電話をすると、上司からは心配する声と、そのまま2、3日休んでよいと言われ、その言葉に甘えることにした。
仕事の指示は小林へ直接電話し、詳細はメールで送ると、やることがなくなり、シャワーを浴びてごろんとベッドに横になった。
朝、貞操帯を力任せに外そうとしたせいか、ペニスの根本が擦れていて、お湯がしみた。
春永からは病院にいる間に着信があったようだ。折り返す気にもならず、スマホの電源を切った。
色々言いたいことはあるのだが、思考がまとまらなかった。
思い返すと、クリスマスの日に起きた出来事からの展開に、自分は酔いしれていたのかもしれない。
平凡な自分に起きたドラマティックな出来事。
「こういうのは、ドラマだからいいんであって、実際は地獄だな…」
誰ともなしにつぶやく。
図らずも身近なところで恋愛関係を持ってしまった自分への罰なのか。
ゲイであるがゆえに目立ちたくない、プライベートを知られたくないと思っていたにも関わらず、結果泥沼を作り出している。
もし万が一聖人が新太と別れたとしても、春永と再び付き合うことは絶対にない。
あまりの頭痛と吐き気で、朧気にしか聞いていなかった新しいプロジェクトの話だが、もし再び春永の下で働くとしても、春永は仕事とプライベートは分けて考えられるタイプだから問題はないはずだ。
だが、聖人に異常な執着を見せる新太が、それを納得するかはわからない。社長が報告会の場で聖人の名前を出したということは、ほぼプロジェクトメンバーは決まっているのだろうが。
「まぁ、長くて半年ちょっと…早くて数ヶ月…かな…」
聖人がプロジェクトメンバーに入ることが決まれば、聖人は次か春の異動で新太とは離れるだろう。
もし聖人が異動にならなくても、入社歴が浅い新太が異動になる可能性は高い。
春永は出世コースに乗っている。いつか新太が一緒に仕事をする日も来るだろう。そうなった時に新太は感情を殺して、春永とうまくやっていけるのだろうか。
今回のように聖人にぶつけるならまだ受け止めることも説得もできる。だが、大きな金額が動く仕事において自分の感情を優先することは許されない。
「まぁ、その頃には、どうなっているかわからないか…」
その頃には、聖人との関係もどうなっているかわからない。若い恋人との恋愛に浮かれていた聖人は、久しぶりに一人の時間ができ、ゆっくり考える時間ができたせいか、ネガティブな思考に囚われ始めていた。
トークアプリで、聖人がちゃんと食事を取っているか確認する旨の連絡が一度来た。
動いていないから食欲も沸かず、不要である旨のメッセージを送ったが、既読にはなったものの、新太からの返事はなかった。
◆
療養休暇と週末を終え、久しぶりに会社に行くと、上の人や部署の人はもちろん、他部署の名前も知らない女性社員達からも心配されていて、聖人は戸惑った。
「いやー、具合悪そうだなーとは思ったけど、まさか倒れるなんて!!悪い病気かと思って俺、焦りましたよ!!しかも過労だったなんて!!俺が足引っ張ってるって思われたらやばいと思って、柊木さんの休んでる期間、俺、めっちゃがんばりましたっ!!」
「はは、小林くんはよくやってるから大丈夫。でもありがとう。迷惑掛けたね」
二人で取引先から電車で帰る途中、小林が聖人が倒れてどんなにびっくりして、どんなに自分が頑張ったかを笑い話で熱弁していた。
どうやら貞操帯のことはバレていなかったみたいでほっとした。
「でも、あの時の来栖くんの取り乱し方みたら、俺、逆に冷静になっちゃって」
「え?」
「来栖くん、救急車くるまでずっと柊木さんのこと抱きしめてて、春永さんも『病院付きそうっ』て結構怒ってたんですけど、すごい剣幕で断固拒否して。あ、しかも、救急車にも自分で乗せようとして救急隊の人に怒られてましたけどね。『ふざけるな、担架に乗せろ!』って」
「は…は…」
助かったのか、逆に変な目で見られたのかよくわからない。乾いた笑いがでた。
それを小林はウケたと思ったのか、会話を続けた。
「それがまた、部署に戻ってからも大変で!!」
「な、なにかあった?」
「原さんがっ!!一部始終をしつこく聞いてきて!!!!」
「あ…そう……」
「『あ、そう?』ってなんですかっ!!!!大変だったんですよ!!!!しつこくてしつこくて!!!!同じ話何度もさせるし、柊木さんを抱きかかえて、春永さんを拒否したシーンなんて、細かなこともしつこく聞かれて!!俺だってパニックだったし、救急車呼ぶので忙しかったから、そんなん覚えてないっていってもしつこくて!!!!」
「う…うん。大変だったんだね…。なんか……ごめん…」
「ホントですよー!!!!来栖くん、大好きな柊木さんが倒れたからか、帰ってきてからも落ち込んでるし…」
「大好きな?」
どきっとした。二人の関係が気づかれているのだろうか?
「えー?来栖くん、柊木さんとこ大好きじゃないですか。大型犬みたいに柊木さんとこついて回ってるし。柊木さんに気に入られたくて必死じゃないですか」
「そ、そうかな?…まぁ、嫌われてはいないとは思ってたけど…」
会社が近づいてきて、見たことのある顔ぶれが同じ車両に乗ってきたで会話はそこで途切れた。
新太とは業務上必要な話はするが、お互いにぎこちないまま日々が過ぎていった。
あんなことされて、自分から折れるのもしゃくだったし、きちんと反省してもらいたいと意地を張っていたが、新太からプライベートな連絡は入らなかった。
しばらくそんな日々が続くと、新太とはこのまま自然消滅するのかもしれないと思い、胸がつきんと傷んだ。
折り返しの連絡をしていないままの春永からは、体調を心配し、プロジェクトメンバーについてはまだ時間があるから考えておいてくれ、といった主旨のメールが届いた。どうしても嫌だったら断ってくれていい、とも。
このままでいるわけにはいかない。新太とも春永ともきちんと話さなければ。
聖人は、ため息をつきながら覚悟を決めた。
どうやら病院に運ばれたらしい。
ほんやりと倒れる直前のことを思い返して、恐怖で意識が覚醒した。幸い貞操帯は外されていた。
どのタイミングで外されたかはわからない。皆にバレたときのことを想像してゾッとするが、近くに新太がいたからきっと大丈夫なはず、と自分に言い聞かせた。
でなければ発狂して叫びだしてしまいそうだった。
自由になる右手を当てて、目を瞑る。疲れた。クリスマスの時から思い返すと、目まぐるしい数ヶ月を過ごしていた。ずっと感情の起伏も激しくて、その反動が一気に来たのだろう。
すこし落ち着いて冷静に考える時間が必要だ。
ため息をつくと、病室のドアをノックされた。返事もせず、寝たふりをしていたら、誰かが静かに入ってきた。
「……聖人さん……ごめんなさい…」
新太だった。聖人の手を握り、涙声で謝る。
新太に触れられると相変わらず胸は高鳴る。
こんなに困らせた怒りもあるが、不安定な精神の中で、新太を好きな気持ちだけは確かな心の拠り所となる。安心した。
だが、新太にはちゃんと反省してもらわなければいけない。仕返しのつもりもあって寝たふりを決め込んだ。
点滴が終わって、看護師がチューブを外しに来た頃、聖人はいつの間にか本当に寝ていた。
体調はかなり良くなっていた。
「…だい…じょうぶ…ですか?」
新太が会計を済ませ、タクシーを呼んでくれていた。一緒に乗り込んで来たが、さすがに反省しているのか言葉数が少ない。
「聖人さん……すみませんでした…」
車中から流れる景色をぼんやり眺めていると新太が言った。うつむく新太の視線は合わない。
新太を好きな気持ちは変わらないのだが、さすがに今回の行為はちゃんと反省してもらいたいと思い、聖人は返事を返さなかった。
そのまま聖人を自宅に送り届けると、怒りをにじませた態度に、新太はすごすごと帰っていった。
まだ就業時間内だったので会社に電話をすると、上司からは心配する声と、そのまま2、3日休んでよいと言われ、その言葉に甘えることにした。
仕事の指示は小林へ直接電話し、詳細はメールで送ると、やることがなくなり、シャワーを浴びてごろんとベッドに横になった。
朝、貞操帯を力任せに外そうとしたせいか、ペニスの根本が擦れていて、お湯がしみた。
春永からは病院にいる間に着信があったようだ。折り返す気にもならず、スマホの電源を切った。
色々言いたいことはあるのだが、思考がまとまらなかった。
思い返すと、クリスマスの日に起きた出来事からの展開に、自分は酔いしれていたのかもしれない。
平凡な自分に起きたドラマティックな出来事。
「こういうのは、ドラマだからいいんであって、実際は地獄だな…」
誰ともなしにつぶやく。
図らずも身近なところで恋愛関係を持ってしまった自分への罰なのか。
ゲイであるがゆえに目立ちたくない、プライベートを知られたくないと思っていたにも関わらず、結果泥沼を作り出している。
もし万が一聖人が新太と別れたとしても、春永と再び付き合うことは絶対にない。
あまりの頭痛と吐き気で、朧気にしか聞いていなかった新しいプロジェクトの話だが、もし再び春永の下で働くとしても、春永は仕事とプライベートは分けて考えられるタイプだから問題はないはずだ。
だが、聖人に異常な執着を見せる新太が、それを納得するかはわからない。社長が報告会の場で聖人の名前を出したということは、ほぼプロジェクトメンバーは決まっているのだろうが。
「まぁ、長くて半年ちょっと…早くて数ヶ月…かな…」
聖人がプロジェクトメンバーに入ることが決まれば、聖人は次か春の異動で新太とは離れるだろう。
もし聖人が異動にならなくても、入社歴が浅い新太が異動になる可能性は高い。
春永は出世コースに乗っている。いつか新太が一緒に仕事をする日も来るだろう。そうなった時に新太は感情を殺して、春永とうまくやっていけるのだろうか。
今回のように聖人にぶつけるならまだ受け止めることも説得もできる。だが、大きな金額が動く仕事において自分の感情を優先することは許されない。
「まぁ、その頃には、どうなっているかわからないか…」
その頃には、聖人との関係もどうなっているかわからない。若い恋人との恋愛に浮かれていた聖人は、久しぶりに一人の時間ができ、ゆっくり考える時間ができたせいか、ネガティブな思考に囚われ始めていた。
トークアプリで、聖人がちゃんと食事を取っているか確認する旨の連絡が一度来た。
動いていないから食欲も沸かず、不要である旨のメッセージを送ったが、既読にはなったものの、新太からの返事はなかった。
◆
療養休暇と週末を終え、久しぶりに会社に行くと、上の人や部署の人はもちろん、他部署の名前も知らない女性社員達からも心配されていて、聖人は戸惑った。
「いやー、具合悪そうだなーとは思ったけど、まさか倒れるなんて!!悪い病気かと思って俺、焦りましたよ!!しかも過労だったなんて!!俺が足引っ張ってるって思われたらやばいと思って、柊木さんの休んでる期間、俺、めっちゃがんばりましたっ!!」
「はは、小林くんはよくやってるから大丈夫。でもありがとう。迷惑掛けたね」
二人で取引先から電車で帰る途中、小林が聖人が倒れてどんなにびっくりして、どんなに自分が頑張ったかを笑い話で熱弁していた。
どうやら貞操帯のことはバレていなかったみたいでほっとした。
「でも、あの時の来栖くんの取り乱し方みたら、俺、逆に冷静になっちゃって」
「え?」
「来栖くん、救急車くるまでずっと柊木さんのこと抱きしめてて、春永さんも『病院付きそうっ』て結構怒ってたんですけど、すごい剣幕で断固拒否して。あ、しかも、救急車にも自分で乗せようとして救急隊の人に怒られてましたけどね。『ふざけるな、担架に乗せろ!』って」
「は…は…」
助かったのか、逆に変な目で見られたのかよくわからない。乾いた笑いがでた。
それを小林はウケたと思ったのか、会話を続けた。
「それがまた、部署に戻ってからも大変で!!」
「な、なにかあった?」
「原さんがっ!!一部始終をしつこく聞いてきて!!!!」
「あ…そう……」
「『あ、そう?』ってなんですかっ!!!!大変だったんですよ!!!!しつこくてしつこくて!!!!同じ話何度もさせるし、柊木さんを抱きかかえて、春永さんを拒否したシーンなんて、細かなこともしつこく聞かれて!!俺だってパニックだったし、救急車呼ぶので忙しかったから、そんなん覚えてないっていってもしつこくて!!!!」
「う…うん。大変だったんだね…。なんか……ごめん…」
「ホントですよー!!!!来栖くん、大好きな柊木さんが倒れたからか、帰ってきてからも落ち込んでるし…」
「大好きな?」
どきっとした。二人の関係が気づかれているのだろうか?
「えー?来栖くん、柊木さんとこ大好きじゃないですか。大型犬みたいに柊木さんとこついて回ってるし。柊木さんに気に入られたくて必死じゃないですか」
「そ、そうかな?…まぁ、嫌われてはいないとは思ってたけど…」
会社が近づいてきて、見たことのある顔ぶれが同じ車両に乗ってきたで会話はそこで途切れた。
新太とは業務上必要な話はするが、お互いにぎこちないまま日々が過ぎていった。
あんなことされて、自分から折れるのもしゃくだったし、きちんと反省してもらいたいと意地を張っていたが、新太からプライベートな連絡は入らなかった。
しばらくそんな日々が続くと、新太とはこのまま自然消滅するのかもしれないと思い、胸がつきんと傷んだ。
折り返しの連絡をしていないままの春永からは、体調を心配し、プロジェクトメンバーについてはまだ時間があるから考えておいてくれ、といった主旨のメールが届いた。どうしても嫌だったら断ってくれていい、とも。
このままでいるわけにはいかない。新太とも春永ともきちんと話さなければ。
聖人は、ため息をつきながら覚悟を決めた。
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