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第十五章
15-26.姫様
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「ジン。遅かったわね」
「第一声がそれですか?」
仁は肩を脱力させるが、コーデリアの無事を嬉しく思い、その顔には自然と笑顔が浮かんだ。
「まぁ、無事なようで何よりです」
仁はコーデリアに下がっているよう伝え、魔封じの檻を黒炎で焼き切る。仁がコーデリアに檻から出るよう促すと、コーデリアはその場に座ったまま、片手を仁に向かって伸ばした。
鈍感な仁も流石にコーデリアが何を求めているか察して檻の中へ足を踏み入れ、コーデリアの手首を掴んで引っ張り起こした。
「これでいいですか?」
仁が尋ねると、コーデリアは呆れ顔を浮かべて溜息を吐いた。コーデリアは首を傾げる仁を無視して、さっさと檻から出る。仁は何となく納得いかないような思いを抱きながら、その後に続いた。
「それで、私は魔王様に攫攫われればいいのかしら?」
「言葉のチョイスには悪意を感じますが、有り体に言えばそういうことですね」
実際、もしコーデリアが自室にいなかった場合、ファレスは仁に魔王になるように訴えかけていた。即ち、仁が魔王として城で暴れ、コーデリアの身柄を要求するというものだ。仁はメルニールと帝国の戦争で魔王を演じたことを思い出し、そうならないよう願っていたのだった。
『いくら反逆の容疑がかけられていても、皇族として一般に認められたコーデリアを城の独房に入れる可能性は低く、コーデリア派が過激な対応に出ないようにするためにも、真偽がはっきりするまで自室で監禁されている可能性が高い。魔封じの檻があるということも、それを後押しするはず』
ファレスは仁の耳元でそう語ったのだ。
「わかったわ」
納得したように素直に頷いたコーデリアは、自分の着ている薄紫のロングドレスを見下ろした。ドレスの裾に皺ができている。
「着替えている時間はなさそうね」
「今着替えるのは無理でも、着替えがすぐ用意できるなら、俺が預かって持っていきますよ」
仁は手短に、ファレスが奴隷騎士隊の救出に向かっていて、すぐに合流する予定だと伝える。
「そう」
コーデリアは素っ気なく言うが、仁は部下たちの無事を知ったコーデリアの表情が一瞬だけ安堵したように緩んだのを見逃さなかった。
「脱出には隠し通路を使う予定ですので、コーディーは準備していてください。俺は少し様子を見てきます」
寝室に脅威が潜んでいないことを確信した仁は、頷くコーデリアを残して部屋へ舞い戻る。ソファーの上には赤色甲冑の騎士が倒れたままで、特に変わった様子はない。仁は部屋の入口の脇の壁を背にし、そっと廊下を覗き見た。
地下室に通じる側も、その逆側も、長い廊下の先に人影は見られない。仁は廊下に倒れたままの見張りの兵士を部屋の中へ引っ張り込むと、廊下の両側に魔力を広げていき、何かあった場合に備えた。
まだか。仁の心を焦燥が襲う。
コーデリアの身柄は確保したが、これで終わりではない。もしファレスたちが来る前に敵兵が雪崩れ込んでくるようなことになれば、仁はセシルやファレスを置き去りにしなければならなくなってしまうのだ。
何かあった場合はコーデリアを連れて逃げるというファレスとの約束は違えるわけにはいかない。本当なら真っ先にコーデリアの元に駆け付けたかったであろうファレスが主人の身を案じ、仁に託したのだ。その想いを裏切るわけにはいかなかった。
だからこそ、仁はファレスがセシルと奴隷騎士たちを連れて現れるよう強く祈った。
「あれは……!」
仁の魔力の網に集団が引っかかり、仁は地下室に続く廊下の先に顔を向けた。目を凝らすと、薄明りの中に青い髪の少女が見える。
「良かった……」
仁が呟き、相好を崩す。今この場で仁に対する人質としては最上級であるセシルが他の奴隷騎士たちと十把一絡げの扱いだったことに違和感がないではないが、ガウェイン側から見れば、短期間の上司と部下など、特筆すべき関係ではないのかもしれないと、仁は素直に喜ぶことにする。
実際、仁はセシルを仲の良い後輩のように思っているが、それをガウェイン側が知らなくても、おかしなことではないのだ。
懸念が一つ解消され、仁がホッと安堵の息を吐く。仁は右手の黒炎刀を一旦消し去り、心配そうな表情で駆け寄ってくる奴隷騎士隊に向けて、両手で大きな円を作った。
「ジンさん! コーデリア様はご無事なんですね!?」
「ジンさん! ご主人様はご無事なんですね!?
部屋の前まで辿り着いたセシルとファレスの第一声が重なった。
「うん。大丈夫。心配いらないよ」
「そうですか……。良かった……」
仁が自信満々で答えると、セシルが頬を緩める。そんな二人を置き去りに、ファレスはドアのなくなった入口から部屋の中へ駈け込んでいった。
「ご主人様! ああ、良かった……!」
部屋の奥から感極まったような声が聞こえ、仁とセシルは顔を見合わせて笑顔を作る。
「さあ、セシルもみんなも、早く部屋の中へ」
仁が入室を促し、セシルを先頭に奴隷騎士隊の面々が入室していく。途中、何か言いたげなエリーネと目が合ったが、結局エリーネは何も言わず、顔を伏せて仁の前を通り過ぎた。
もしかして、助けようとしなかったことを怒っているのではないか。そんな考えが仁の頭に浮かぶ。仁としては何としてもエリーネも助けるつもりだったが、人質にされていたエリーネから見れば、見捨てられたように思ったのかもしれない。
仁は沈痛な面持ちで、後でしっかり謝ろうと心に決める。エリーネに関してはファレスに囁かれ続けた中で、名指しで言い含められたことがあるが、それも含め、きちんと話をしようと一旦棚上げにする。
仁は気を取り直し、自身も部屋の中へ入ると、その入り口を石壁で塞ぐ。おまけに、幾重にも石壁を重ねてバリケードにした。
「ジン。こちらの準備はいいわ」
一仕事を終えたように仁が満足げに大きく頷いていると、背後からコーデリアの呼ぶ声が聞こえた。
仁はコーデリアから指示を受け、着替えや書類など雑多な品々を片っ端からアイテムリングに収納していく。
その横で、コーデリアが奴隷騎士隊の面々の前に立った。コーデリアは神妙な面持ちで乾いた唇を動かした。
「本当にいいのね?」
「はい。私たちはどこまでもご主人様に付いていきます」
整列した奴隷騎士隊を代表して、ファレスが答えた。仁はコーデリアの着替えの服を手にしながら、そこはセシルが答える場面じゃないのかと苦笑いを浮かべる。
「ご主人様は止めなさいと言いたいところだけど、もう“姫様”ではなくなるかもしれないわね」
「いいえ! ご主人様はいついかなる場合でも、私のお姫様です!」
「そのお姫様はちょっと意味が違うんじゃ……」
ついつい思ったことをそのまま口に出してしまった仁に、ファレスの凍えるような視線が突き刺さる。仁は般若の面のようなファレスを見なかったことにし、顔を伏せて作業に戻った。
ちなみに、服をアイテムリングに収めた仁がたまたま次に手にしたのがコーデリアの下着だったため、ファレスの顔はますます険しくなっていたのだが、別の意味でより一層顔を上げられなくなった仁が知る由はなかった。
仁は慌てて下着をアイテムリングに入れると、何かをごまかすかのように残りを次々と収納していった。
そうして仁が顔を上げたとき、壁の本棚が横にずれ、暗い暗い隠し通路の入口が姿を現した。未だ、追手の気配はなかった。
「第一声がそれですか?」
仁は肩を脱力させるが、コーデリアの無事を嬉しく思い、その顔には自然と笑顔が浮かんだ。
「まぁ、無事なようで何よりです」
仁はコーデリアに下がっているよう伝え、魔封じの檻を黒炎で焼き切る。仁がコーデリアに檻から出るよう促すと、コーデリアはその場に座ったまま、片手を仁に向かって伸ばした。
鈍感な仁も流石にコーデリアが何を求めているか察して檻の中へ足を踏み入れ、コーデリアの手首を掴んで引っ張り起こした。
「これでいいですか?」
仁が尋ねると、コーデリアは呆れ顔を浮かべて溜息を吐いた。コーデリアは首を傾げる仁を無視して、さっさと檻から出る。仁は何となく納得いかないような思いを抱きながら、その後に続いた。
「それで、私は魔王様に攫攫われればいいのかしら?」
「言葉のチョイスには悪意を感じますが、有り体に言えばそういうことですね」
実際、もしコーデリアが自室にいなかった場合、ファレスは仁に魔王になるように訴えかけていた。即ち、仁が魔王として城で暴れ、コーデリアの身柄を要求するというものだ。仁はメルニールと帝国の戦争で魔王を演じたことを思い出し、そうならないよう願っていたのだった。
『いくら反逆の容疑がかけられていても、皇族として一般に認められたコーデリアを城の独房に入れる可能性は低く、コーデリア派が過激な対応に出ないようにするためにも、真偽がはっきりするまで自室で監禁されている可能性が高い。魔封じの檻があるということも、それを後押しするはず』
ファレスは仁の耳元でそう語ったのだ。
「わかったわ」
納得したように素直に頷いたコーデリアは、自分の着ている薄紫のロングドレスを見下ろした。ドレスの裾に皺ができている。
「着替えている時間はなさそうね」
「今着替えるのは無理でも、着替えがすぐ用意できるなら、俺が預かって持っていきますよ」
仁は手短に、ファレスが奴隷騎士隊の救出に向かっていて、すぐに合流する予定だと伝える。
「そう」
コーデリアは素っ気なく言うが、仁は部下たちの無事を知ったコーデリアの表情が一瞬だけ安堵したように緩んだのを見逃さなかった。
「脱出には隠し通路を使う予定ですので、コーディーは準備していてください。俺は少し様子を見てきます」
寝室に脅威が潜んでいないことを確信した仁は、頷くコーデリアを残して部屋へ舞い戻る。ソファーの上には赤色甲冑の騎士が倒れたままで、特に変わった様子はない。仁は部屋の入口の脇の壁を背にし、そっと廊下を覗き見た。
地下室に通じる側も、その逆側も、長い廊下の先に人影は見られない。仁は廊下に倒れたままの見張りの兵士を部屋の中へ引っ張り込むと、廊下の両側に魔力を広げていき、何かあった場合に備えた。
まだか。仁の心を焦燥が襲う。
コーデリアの身柄は確保したが、これで終わりではない。もしファレスたちが来る前に敵兵が雪崩れ込んでくるようなことになれば、仁はセシルやファレスを置き去りにしなければならなくなってしまうのだ。
何かあった場合はコーデリアを連れて逃げるというファレスとの約束は違えるわけにはいかない。本当なら真っ先にコーデリアの元に駆け付けたかったであろうファレスが主人の身を案じ、仁に託したのだ。その想いを裏切るわけにはいかなかった。
だからこそ、仁はファレスがセシルと奴隷騎士たちを連れて現れるよう強く祈った。
「あれは……!」
仁の魔力の網に集団が引っかかり、仁は地下室に続く廊下の先に顔を向けた。目を凝らすと、薄明りの中に青い髪の少女が見える。
「良かった……」
仁が呟き、相好を崩す。今この場で仁に対する人質としては最上級であるセシルが他の奴隷騎士たちと十把一絡げの扱いだったことに違和感がないではないが、ガウェイン側から見れば、短期間の上司と部下など、特筆すべき関係ではないのかもしれないと、仁は素直に喜ぶことにする。
実際、仁はセシルを仲の良い後輩のように思っているが、それをガウェイン側が知らなくても、おかしなことではないのだ。
懸念が一つ解消され、仁がホッと安堵の息を吐く。仁は右手の黒炎刀を一旦消し去り、心配そうな表情で駆け寄ってくる奴隷騎士隊に向けて、両手で大きな円を作った。
「ジンさん! コーデリア様はご無事なんですね!?」
「ジンさん! ご主人様はご無事なんですね!?
部屋の前まで辿り着いたセシルとファレスの第一声が重なった。
「うん。大丈夫。心配いらないよ」
「そうですか……。良かった……」
仁が自信満々で答えると、セシルが頬を緩める。そんな二人を置き去りに、ファレスはドアのなくなった入口から部屋の中へ駈け込んでいった。
「ご主人様! ああ、良かった……!」
部屋の奥から感極まったような声が聞こえ、仁とセシルは顔を見合わせて笑顔を作る。
「さあ、セシルもみんなも、早く部屋の中へ」
仁が入室を促し、セシルを先頭に奴隷騎士隊の面々が入室していく。途中、何か言いたげなエリーネと目が合ったが、結局エリーネは何も言わず、顔を伏せて仁の前を通り過ぎた。
もしかして、助けようとしなかったことを怒っているのではないか。そんな考えが仁の頭に浮かぶ。仁としては何としてもエリーネも助けるつもりだったが、人質にされていたエリーネから見れば、見捨てられたように思ったのかもしれない。
仁は沈痛な面持ちで、後でしっかり謝ろうと心に決める。エリーネに関してはファレスに囁かれ続けた中で、名指しで言い含められたことがあるが、それも含め、きちんと話をしようと一旦棚上げにする。
仁は気を取り直し、自身も部屋の中へ入ると、その入り口を石壁で塞ぐ。おまけに、幾重にも石壁を重ねてバリケードにした。
「ジン。こちらの準備はいいわ」
一仕事を終えたように仁が満足げに大きく頷いていると、背後からコーデリアの呼ぶ声が聞こえた。
仁はコーデリアから指示を受け、着替えや書類など雑多な品々を片っ端からアイテムリングに収納していく。
その横で、コーデリアが奴隷騎士隊の面々の前に立った。コーデリアは神妙な面持ちで乾いた唇を動かした。
「本当にいいのね?」
「はい。私たちはどこまでもご主人様に付いていきます」
整列した奴隷騎士隊を代表して、ファレスが答えた。仁はコーデリアの着替えの服を手にしながら、そこはセシルが答える場面じゃないのかと苦笑いを浮かべる。
「ご主人様は止めなさいと言いたいところだけど、もう“姫様”ではなくなるかもしれないわね」
「いいえ! ご主人様はいついかなる場合でも、私のお姫様です!」
「そのお姫様はちょっと意味が違うんじゃ……」
ついつい思ったことをそのまま口に出してしまった仁に、ファレスの凍えるような視線が突き刺さる。仁は般若の面のようなファレスを見なかったことにし、顔を伏せて作業に戻った。
ちなみに、服をアイテムリングに収めた仁がたまたま次に手にしたのがコーデリアの下着だったため、ファレスの顔はますます険しくなっていたのだが、別の意味でより一層顔を上げられなくなった仁が知る由はなかった。
仁は慌てて下着をアイテムリングに入れると、何かをごまかすかのように残りを次々と収納していった。
そうして仁が顔を上げたとき、壁の本棚が横にずれ、暗い暗い隠し通路の入口が姿を現した。未だ、追手の気配はなかった。
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