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第四章

4-22.決意

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 ヴォルグとの再戦の翌日、ダンジョン籠りの疲れが出たのか、仁たちは昼前まで眠りこけた。起床後、それぞれ身支度を整え、朝食を兼ねて昼食をとった。仁はこの後、昨日の件の後始末のために冒険者ギルドを訪れる予定だったが、他の3人には休養日として体を休めてもらうことになっていた。

 仁は昼過ぎにバランの元を訪ね、その後の顛末を聞いた。ヴォルグからの証言を得たバランは昨夜メルニールの代表者を緊急招集し、夜通し協議を行った。その結果、メルニールは代表者連名で帝国へ正式に抗議を行うことを決めたようだ。帝国との関係悪化を恐れて穏便に済まそうと主張する者もいたようだが、明らかな犯罪行為を見過ごすことはできないと主張する側が押し切る形となったそうだ。差し当たり、直接メルニールの住民に害を与えたカマシエ家の関係者は強制退去の上、入場禁止措置を取ったようだ。

 仁は、これで一先ずロゼッタが貴族に狙われることはなくなったと胸を撫で下ろした。ダサルのめいでスラムの子供たちを監禁したヴォルグの部下の兵士たちは、ヴォルグの事前の指示により既にメルニールを離れており、罪に問われることはなかった。ヴォルグに関しては冒険者ギルドで身柄を拘束し、帝国からの反応を待って処遇を決めるそうだ。

 仁は応接室を辞した後、合宿中に得た魔石や素材の一部を換金し、宿屋へ戻ることにした。仁が鳳雛亭の敷地に入ると、庭から気合の籠った掛け声が聞こえてきた。仁は声のした方へ足を向ける。

「あ、仁くん。お帰りなさい」

 仁が庭に顔を出すと、玲奈が笑顔を向けてきた。玲奈はミルと隣り合って、建物と庭の昇降口の石段に腰を下ろしている。仁が庭に目を向けると、ロゼッタが槍を構えていた。その対面には同じく槍を構えて腰を落としたヴィクターの姿があった。槍の刃の部分が布でぐるぐる巻きにされている。

「ではもう一度」
「はい!」

 ヴィクターが誘うように槍を下げると、それを隙と見たのか、ロゼッタが間髪入れず足を地に付けたまま滑るように前進し、ヴィクターの胸の中心目掛けて槍を突き出した。ステータス上昇により、少し前まで槍を両手で持つこともままならなかったのが嘘のような速さでヴィクターに迫る。ヴィクターは手にした槍を右下から時計回りに巻き込むように、ロゼッタの槍の柄に沿わせて回転させた。ヴィクターは回転の勢いそのままにロゼッタの槍を巻き上げて斜め上方に弾き飛ばす。弾かれた槍に体を引っ張られて体勢を崩したロゼッタの喉元に、ヴィクターの槍先が突き付けられた。

「参りました」

 ロゼッタの言葉を受けて、ヴィクターが寸止めした槍を下ろした。

「少し休憩しよう」

 ヴィクターは爽やかな笑みを浮かべると、片膝を付いたロゼッタに手を差し伸べた。

「仁くん、仁くん。ヴィクターさんとロゼって美男美女って感じでお似合いじゃない?」

 興奮気味に声を上げる玲奈に、仁は曖昧な笑みを返した。

「ロゼはともかく、ヴィクターさんにとってロゼは対象外じゃないかな」
「そうなの?」

 仁の脳裏には幼い女の子たちに囲まれて微笑んでいるヴィクターの姿が浮かんでいた。不思議そうに首を傾げた玲奈の前で、ロゼッタはヴィクターを手で制し、自力で立ち上がった。ロゼッタはヴィクターに小さく頭を下げて礼をしていた。

「それで、どうしてヴィクターさんが?」
「それはね、昨日の食事会でロゼがもっと槍を上手く使えるようになりたいって話してたら、それを聞いた同じ槍使いのヴィクターさんが練習役に名乗り出てくれたんだよ」

 仁も槍術の技能を持ってはいるが、実戦ではほとんど使用したことがないため、とてもありがたく思った。

「ヴィクターさん。ありがとうございます」
「やあ。ジンくん。用事は済んだのかい?」

 仁が声をかけると、ヴィクターは片手を上げて答えた。仁はバランから聞いた話を簡単にまとめてヴィクターに伝えた。

「そうか。うん。教えてくれてありがとう。もうこんなことが起こらないといいね」

 ヴィクターはそう言って青空を見上げた。仁は釣られるように顔を空に向ける。2人の頬を冷たい風が撫でた。



「みんな、ちょっといいかな」

 その晩、夕食を済ませて部屋に戻った仁は、3人に手招きをした。装備品のメンテナンスを行っていた3人は作業を中断し、仁の元に集まる。仁はアイテムリングから金貨を取り出すと、1枚ずつ配った。

「お小遣いっていうわけじゃないけど、それは個人で使っていいよ」
「こんなにいいの?」
「今回の合宿でかなり稼げたからね。蓄えはあるから、心配しないで自由に使ってね」
「ありがとう。何に使おうかな」

 玲奈は斜め上方に目を遣って使い道に思いを巡らせているようだった。その両隣でミルとロゼッタが動きを止めて目を丸くしていた。

「ミルもロゼッタも、合宿で頑張ってくれたからね。みんなで稼いだお金なんだから、遠慮する必要なんてないよ」
「ジンお兄ちゃん。ミルもみんなの役に立てた?」
「うん。もちろん」

 ミルは感慨深げに金貨を眺めた。仁がロゼッタに視線を送ると、ロゼッタも真摯な瞳で金貨を見つめていた。

「レナ様。ジン殿にあのお話を」
「あ、そうだね」

 ロゼッタに声をかけられて思考の渦から戻ってきた玲奈が仁に向き直る。ミルとロゼッタも続いた。

「仁くん。ちょっと話があるんだけどいいかな」

 仁は3人の纏う真剣さを感じ取り、居住まいを正した。

「仁くんが冒険者ギルドに行ってる間に3人で話し合ったことなんだけど」

 玲奈はミルとロゼッタの顔を見回し、頷き合った。

「もちろん仁くんが大丈夫だと思えるまで私たちが強くなったらでいいんだけど、10階層にいる上層のボスと戦いたいの。仁くんの力を借りずに、私たちだけで」

 3人の瞳には決意の色が浮かんでいた。
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