カラスの鳴く夜に

木葉林檎

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潜入編

5話

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「お話があります」

それとなく伝えるハズが

「キスマークを見える位置に付けられると困ります。
今が一番大事なので…!」と、結局はストレートに社長に伝えてしまった。

黒崎さんも影山さんも思わず頭を抱えて私の方を見ている。

「なんだ。影山にそう言われたのか?」
社長にそう言われ私は頭を横に振る。

「違います…!私が思ったからです。
大鷹と接触した今、私に付き合ってる人がいれば
きっとプロ失格だと私に興味をなくしてしまいます。
これでダメになったらみんなの今までの苦労が水の泡になるんです、なので…」

「わかったよ。悪かった。」

珍しく社長がそう言って謝ってくる。

「あ…はい。」
私は驚きつつも社長が手で向こうへ行けと追い払って来るから
言われた通りに自分の席へと戻った。

本当にわかってくれたのだろうか……?
不安になってくる。
だけどこれ以上何も聞けなくて目の前にある仕事に集中するしか無かった。



***


夕日も沈む頃…
無事にトラブルもなく仕事は終わった。

みんな、片付けに入る。

私も帰る前の掃除をして社長に呼ばれるのを待った。
行きも帰りもいつも一緒だからだ。

だけど一向に呼ばれる気配がない。

「社長…俺たち帰りますけど……」

黒崎さんが声をかけると

「おう。気を付けてな。
俺はまだやることがある」

そう言って席から動かない。

「社長…なにか仕事が残ってるなら
俺らも手伝いますよ…?」

影山さんがそう声を掛けるが

「いや、俺一人で大丈夫だ。お疲れ。」
そう言って2人が帰るのを待っている。

2人は私を気にしている様子だったので

「黒崎さん、影山さんお疲れ様でした。」と私からも声をかけた。


「おつかれ…」
心配そうな表情をしながら2人はゆっくりと事務所を出ていく。

私は社長を待つために普段しない場所の掃除でもして待つ事にした。


「おい。」
案の定、2人きりになった瞬間に呼ばれて思わず体が硬直する。

「何でしょう…。」

「警戒しすぎだ。
何もしないからこっちに来い。」

恐る恐る社長の前に立つと
「俺はお前の本心が聞きたい。」と言われて戸惑ってしまう。


「大鷹に本気で抱かれる覚悟はあんのか?」

「抱かれるって…」

「それぐらいの度胸がなきゃ、ヤクザ相手にするんだ愛人クラスにならないとヤツらの情報なんか抜けるはずないだろ。どうなんだ?」

店の中でしか会うつもりはなかっただけに
そこまで考えていなかった。

だけど確かに…あの店の中で大鷹は自分の話なんてしないだろう。
プライベートとは言え、周りには部下もいる訳で
誰が聞いてるか分からない会話が筒抜けの場所で
ペラペラと自分のことを話す筈がない…。

社長が静かに「どうなんだ?」とまた私に聞いてくる。


「それは…」

「そこまで覚悟がないならもう止めろ。」

ぐぅのねも出ない…。
社長以外の男に抱かれるなんて考えたくもない。

想像するだけで反吐が出る。

でも影山さんの姿を思い出し私は小さく声を出した。

「…覚悟は決まってます。」

「ふん。そうか、もう聞かねえよ。」

心臓がどくんどくんと脈を打つ。
頭から足のつま先まで冷たくなる感覚がした。


社長に嫌われたかもしれない。
初めての感覚で息が止まりそうになる。

「まだ俺はすることがある。
そこに立ってないであっちのソファーで座って待ってろ。」

返事をしたいのに声が出ない。
どうやって移動したのかも分からない。
私は黙って言われるがままにソファーに座った。

そうだ。考えないようにしよう。
感情のスイッチを切るんだ。
じゃないと…どうにかなってしまいそうだった。


何もせずにただ一点だけを見つめてぼんやりと過ごす。

社長が帰るぞと声をかけてくるまで
私はただただ何も考えずに壁を見つめていたのだった。





***




社長がつけた印をコンシーラーで隠さなくても
充分、赤みが薄れてきた頃…
それなりに店で大鷹の好感度を上げることに成功していた。


あの日から私は怖くて社長のことを見れなくなり
大好きだからこそ
今は彼を視界に入れることを体が拒んでいた。

社長も本当にあれから何も言って来ない。
自然と私達はお互い、距離を置くようにしていた。



だけど私が大鷹を接客している時、社長はちゃんと店まで来て見守ってくれているようだった。

どんな気持ちなのかはわからない。
だけどその気持ちを考えることはしなかった。
自分の気待ちが揺らぐ事だけは避けたかったから。


でもついにこの日はやってきて…
「姫華ちゃん、今から俺が泊まってるホテルで、どないや?」


「ふふ、ホテルで何するんですかぁ?」

「そんなん決まっとるやろ…?
俺は姫華ちゃんが気に入った。
俺の女になったらこれから不自由なく生活させたる。
どうや?悪い話ちゃうやろ?」

腰に腕を回して耳元で囁かれる。
全身に鳥肌が立つのがわかった。

「ふふ…でも私、譲さんのこと知ってるようで知らない事ばっかだから…。
そうだ、色々教えてくれますか?」

上目遣いでそう話すと「もちろんや」と笑顔で返された。

鼓動が早くなってく…

自分を殺さないと…今の私は梨乃ではない、“ 私は姫華”。
自分に何度もそう言い聞かせるように頭の中で繰り返す。

じゃないとおかしくなりそうだった。
大鷹が私の手を握り立ち上がる。

「おい、お前ら!
俺は先にホテルに帰っとくから後は勝手に楽しんどき!」

一緒に来ていた大鷹の部下たちは「ありがとうございます!」と立ち上がりみんなが頭を下げた。

私は覚悟を持って席を立ったつもりだ。

なのに影山さんがその様子に気付きこちらにやってくる…。

だけど影山さんが到着する前に
私は大鷹の手から引き剥がされていた。


「なんやお前…」

自分の手からお気に入りの女を奪われて分かり易く大鷹が不機嫌な声を放つ。

気付けば私は社長の片腕で抱きしめられていた。

「これはこれは…見た事ある顔やと思ったら
鴉越社長やないですか、それで一体なんのようでっか?」

一瞬でその場の空気が変わり緊張感が走る。
影山さんに続き黒崎さんも慌ててやって来た。

よく見ると黒崎さんの頬は赤く腫れていた。
きっと飛び出そうとした社長を止めに入ったのだと思う。


「お客様…!」

影山さんもここまでの計画が無駄になると感じたようで急いで対応するために、社長に抱きしめられている私を引き剥がそうとしてくれたが、社長は何も言わずに影山さんを躊躇無く後ろ蹴りし影山さんを吹っ飛ばしてしまった。


「おいおい…東京の店で楽しゅう過ごしとっただけやのに何を邪魔してくれとんねん。」

顎で下っ端に影山さんを起こしてやれと合図を出すと
近くにいた人が影山さんの体を静かに起こす。

どうやらまだ影山さんと私が社長の下で働いている人間だとは気付いてないようだ。

「そっちは黒崎っちゅう奴やな?
2人で店に来たんやったら、2人で遊んでたらよろしいやんか…」

「俺はこの姫華に用があったんだ。」

「何や…鴉越、お前も姫華ちゃんを指名しとったんか?」

「ああ。」

「ほーん。でも残念ながら姫華ちゃんはお前やなく俺の所で今飲んでたんや。
それで俺の事を選んだんや、邪魔せんでくれんか?
今はお前に用はない。
遊んで欲しいんやったら遊んだるけど、場を見て行動せえよ?」


社長は小さく笑いながら
「なあ姫華、最後のチャンスだ。

お前が俺の手から離れてこの男を選ぶならそれまでだ。
俺か大鷹かどっちにする?」

抱き締められていたはずの体はいつの間にか解放されて私は自由になっていた。

大鷹の信頼を勝ち取るなら今しかない。
この状況で社長は私を源氏名で呼んでいるし
きっと今なら…今まで以上に上手く騙せる。

最初からそのつもりだった筈だ。
ターゲットの情報を得るのが今回、私の仕事。

私は任務を遂行すればいいだけ…。

なのに……

「ごめんなさい…」

何に対しての謝罪なのかその場に居たみんなが私を見る。

私は社長に抱きついて
「ごめんなさい…仕事を最後までこなせなくて…」と社長の目を見てそう言った。

「お前はよくやってくれたよ。」
社長は優しく笑って私の頭を撫でてくれた。

そして「黒崎。梨乃を連れて店から出ろ。」

そう言って私を黒崎さんの方へとゆっくり突き飛ばす。

黒崎さんは咄嗟に私を受け止めてくれた。

「なんや…俺はハナっから騙されとったちゅうわけか…」

「騙した?人聞きが悪いっすよ。
キャバクラって本来疑似恋愛する場所ですよ?
俺なりのおもてなしです。大鷹さん。」

社長はまるで私をその場から逃がす為に時間を作ってくれてるのか、大鷹と話をしている。

黒崎さんは私の腕を掴んだまま歩き出し表の入口ではなく従業員入口から出ようとしている。



「黒崎さん…!社長を置いて行けません!」

掴まれた腕を振り払おうとするも
黒崎さんはガッチリと私を掴み離さない。
「…なあ?1人で事務所に戻れるか?」

「えっ…?」

「悪い…今回ばかりは俺も社長が心配だ。
事務所の鍵渡すから先に事務所に戻っててくれ。」

「黒崎さん…!」

「大丈夫。社長も影山もちゃんと俺が一緒に連れて戻るから…。」

黒崎さんは自分が着ているスタジャンを私にかけてくれる。

「俺の事信じてくれ。」

強い瞳に見つめられ私は嫌だとは言えなくなった。

「必ず…必ずみんなで帰ってきてください。」

「当たり前だろ?」

わしゃわしゃと大きな手で私の頭を撫でるとそのまま黒崎さんはお店の中へと戻ってく。

私は言われた通りに先に事務所へと続く道を歩き始めた。

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