泥に咲く花

臣桜

文字の大きさ
上 下
19 / 58

第十七章

しおりを挟む
 時間は深夜近くになっていて、忠臣は一度タクシーで家に帰り、シャワーを浴びて着替えてから、桜が運ばれた病院へと向かった。
 使用人には「大切な人が怪我をしたから」と言って、両親にも伝える様に頼んでおき、またタクシーで病院へと向かう。

 いつだったか、警察の仕事を扱う特番でナレーションが「眠らない街」とテンプレートの様に言っているのを聴いたのを思い出し、今となってはそれが妙にしっくりくるな、と思う。
 交通機関はもう止まっている時間なのに、ネオンは煌々とついて人々が街を練り歩き、車の列は途切れる事がない。
 もう少し時間が進めばそれが途切れる事もあるのかもしれないが、腕時計を見ればまだ酒を飲んでいる者などにとっては、いい気分真っ最中の時間だ。
 
 彼女の命が危ぶまれているのに、この街は変わらない。
 通りを歩いている人も、このタクシー運転手すらも、桜がどんなに素敵な女性で、そして彼女が地獄を垣間見た事を知らない。
 仮に自分があの時桜に会いに行くという選択をせず、今頃桜が部屋の中で一人で冷たくなっていたとしても、この街も、人々も変わらない。

 脱力してシートにもたれかかり、外の景色をぼんやりと眺めている忠臣の左目から、涙が一筋零れて頬を濡らした。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

夢☆カレシ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:1

私の何がいけないんですか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:650

完 小指を握って呼びかけて

恋愛 / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:24

うちのヤンデレがすみません!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:49

安息を求めた婚約破棄

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:710

輪廻の果てに咲く桜

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:55

処理中です...