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受ける? 受けない?

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 あまりに斜め上の提案だったので、驚いて涙も引っ込んでしまった。

「俺が君の代わりに投資をする事はできないから、個人的に君に二億渡す。それを自分の金として、また以前のポートフォリオを組むんだ。そして家庭にある借金はすべて返済し、残りはご家族の預貯金とする」

「で……っ、でも……っ、副社長に何のメリットが……」

「取り引きしよう」

 目の前で暁人がゆったりと脚を組み、少し前のめりになる。

「……取り引き?」

 呆然として呟いた芳乃に、暁人は麗しく微笑んでみせた。

「恋人ごっこだ」

「…………え……?」

 今度こそ、本当に困惑してしまった。

 自分に、二億円と引き換えに、恋人ごっこをさせる価値があると思えない。
 彼ならその役に立候補する女性が多くいそうだ。

「……からかっているのなら……」

「からかってなどいない」

 けれどキッパリと言われ、さらに戸惑う。

「ただデートをしていればいいなんて言っていない。俺は二十五歳。君は二十八歳。その年齢に相応しい、〝大人の恋人ごっこ〟だ」

 その言葉が意味するもの――性行為を仄めかされ、芳乃は赤面する。
 同時に彼が自分をそのような目で見ているのだと察して、体の奥が熱くなった。

「……軽蔑したか?」

 暁人に尋ねられ、芳乃は一瞬自分に尋ねてから、ゆるりと首を横に振る。

「……副社長の事は、一人の男性として素敵だと思っていました。……私なんかを求められる気持ちが分からなくて、少し驚いただけで……」

「次に『私なんか』って言ったら、キスするぞ」

 低い声で言われ、芳乃はビクッと肩を跳ねさせた。
 怒りを含んだ声音に怯えたのもあるし、その奥に込められた熱を鋭敏に拾ったのもあるからだ。

「君は、自分が思っている以上に魅力的で、価値のある存在だ。……二億程度じゃ済まないぐらいにね」

「……副社長がどうしてそこまで、私を買ってくださっているのか分かりません」

 芳乃は彼が何を考えているのか分からず、放心するのみだ。

「……いずれ分かるかもしれないが。……君次第かな?」

 何とも哲学的な事を言い、ようやく暁人は穏やかな表情に戻った。

「提案の続きだけど、君に対して個人的に利子なしで二億貸す。その上で弊社で君を雇用し、普通に働いてもらう。その給料は、本来君が使いたかったようにしてくれて構わない」

 芳乃にとって都合の良すぎる条件が、ポンポンと並ぶ。
 それを彼女は呆然として聞いていた。

「受ける? 受けない?」

 究極の二択を迫られ、――追い詰められた芳乃は吐息を震わせる。

 ――逃げられない。

 観念して、彼女は「お受けします」と頷いた。



**



 その後、実家に「合格しましたので、ぜひ当ホテルで勤めてください」と連絡がきた。

 暁人に言われた事は何かの冗談か、からかわれているのかと思っていた。
 だが送金先の口座を教えてほしいと言われて教えると、翌日にはみた事もない額がスマホの通帳アプリに表示されていた。

「ふ……っ、副社長! お金が……」

 彼に教えられた連絡先に電話をすると、笑いの籠もった声で返事をされる。

『だから、力になるって言っただろう? その金は先日言った通りに使ってほしい』

 いまだ信じられないが、現実に送金してもらったのなら受けざるを得ない。

(大人の恋人ごっこでも何でも、頑張らないと!)

 二億もの金を返済できるのが自分の身一つなのだと思うと、大変なはずなのに不思議と以前よりも気持ちが軽くなっていた。

 家族の事が大好きだからこそ、母や弟に余計な苦労を掛けたくなかった。
 なので、決意する。

「……承知致しました。一生、ご恩に着ます。今後、〝エデンズ・ホテル東京〟にて一生懸命働かせて頂きます。そして例の件につきましても、誠心誠意務めさせて頂きます」

 暁人がまた、電話の向こうで笑ったのが分かる。

『そんなに気構えなくていいよ。何も特別な重労働をしてほしいなんて思っていない。普通に食事をしたりデートをしたり、君という女性を知った上で恋人のように接してほしい。それだけだ』

「……そんな事でいいんですか?」

『確かに大金ではあるが、それと引き換えに人権を無視したひどい事をしようなんて思っていない。不安があるなら契約書を書いてもいい』

「そっ、そこまでしなくても大丈夫です! あの、信じていますので!」

 クーラーを浴びて庭に咲く花を見ながら、芳乃はわたわたと手を振る。
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