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どういうつもりだ
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「怒っているのか?」
「怒っていません」
それからもう一度暁人に抱かれ、ようやく歩けるようになったのは昼過ぎだ。
風呂に入り着替えた芳乃は、頭を冷やすために散歩をする事にした。
(今の私に必要なのは、できるだけ暁人さんと距離を取って冷静に考える事だ)
「少し散歩に出るだけです。カフェでのんびりしたいので、お気にせず」
Tシャツに、細かなプリーツのロングスカートを穿いた芳乃は、外出用のスニーカーに足を入れ、ハットを被る。
物言いたげな目をして玄関にたたずんでいる彼に、精一杯の言い訳をする。
「……一人の時間は大切にしなきゃ」
我ながらずるいと思うが、そう言えば彼が引き下がってくれるのは分かっていた。
「……その通りだな」
頷いた彼は、「あまり遅くならないで」と言い、名残惜しげに芳乃のロングヘアをサラリと手で梳く。
「……行ってきます」
スマホと財布、あとはタオルハンカチとティッシュだけをショルダーバッグに入れ、芳乃は家を出た。
結局暁人を避けるようにしてカフェに行き、スマホで物件情報を見て過ごした。
暁人から貸してもらった金があるので、引っ越しができない訳ではない。
彼から逃れようとするのに、暁人の金に頼らなければいけないのは情けない限りだ。
絶対、何をしてでも暁人に金を返し、少しでもグレースの怒りを解いてもらえるように……と、思い切って夜の仕事の求人なども見てみた。
世知辛いのは、求められているのは十代、二十代が中心な事だ。
芳乃だって二十代ではあるが、夜の仕事をするのに二十八歳と言うと、あまりいい顔をされないのでは……と心配した。
日曜日の夕方に、話だけでも聞いてみようと思い、二十四歳だとサバを読んで面接を受ける事にした。
**
「芳乃、出かけるのか?」
「はい。ちょっと人と会う約束があって」
「……そうか、なら仕方がないけど」
夜の仕事の面接は十六時からで、中途半端な時間に家を出る芳乃を、暁人はいぶかしんでいた。
芳乃は逃げるようにしてマンションを出て、交通機関で銀座に向かう。
少しでも若く見えるように、服は膝上丈のヒラヒラとしたワンピースを選んだ。
いつもはパンツスタイルや、スカートを穿いても膝下丈を選ぶので、自分でも着慣れない。
大学生時代に買った、若い女性に人気のプチプラブランドの可愛いデザインのバッグを持っているのも、今は年齢に不釣り合いに思えて恥ずかしかった。
ロングヘアをおろし、アイメイクは少し濃い。リップもいつもはヌードピンク系の目立たない色をつけているが、今日はベリー系の色をつけた。
全体的に防御力がとても低い気がして、周囲の人の目が気になって堪らない。
誰にも気付かれていないとは思うが、周りから「若作りをしている」と思われないか不安だった。
先日来た時とは違う緊張感で銀座を歩き、雑居ビルに覚悟を決めて入ろうとした時――、グッと手を引かれた。
「え……っ!?」
ギクリとして振り向くと、そこには息を切らせた暁人がいた。
「……どういう、……つもりだ」
荒くなった呼吸を整え、暁人が厳しい声で尋ねてくる。
(どうしよう……)
どう言い訳をしたらいいのか分からず、芳乃は立ち尽くす。
「……人に会うって、友達じゃないだろう?」
呼吸が収まってきた頃、暁人が冷静に尋ねてくる。
それに「はい」とも「いいえ」とも言えず、芳乃は唇を噛む。
「…………面接、で」
絞り出すようにやっと応えると、腕時計を確認した暁人が「十六時から?」と尋ねた。
「はい」
芳乃の返事を聞き、暁人は「断ってくるから、待ってて」と言って店の名前を尋ね、一人で雑居ビルの中に入っていった。
彼に合わせる顔がなく、逃げてしまおうかと一歩足を動かした時、男性の声がした。
「随分不用意な事をしましたね」
顔を上げると、少し離れた場所に見覚えのある男性が立っていた。
「怒っていません」
それからもう一度暁人に抱かれ、ようやく歩けるようになったのは昼過ぎだ。
風呂に入り着替えた芳乃は、頭を冷やすために散歩をする事にした。
(今の私に必要なのは、できるだけ暁人さんと距離を取って冷静に考える事だ)
「少し散歩に出るだけです。カフェでのんびりしたいので、お気にせず」
Tシャツに、細かなプリーツのロングスカートを穿いた芳乃は、外出用のスニーカーに足を入れ、ハットを被る。
物言いたげな目をして玄関にたたずんでいる彼に、精一杯の言い訳をする。
「……一人の時間は大切にしなきゃ」
我ながらずるいと思うが、そう言えば彼が引き下がってくれるのは分かっていた。
「……その通りだな」
頷いた彼は、「あまり遅くならないで」と言い、名残惜しげに芳乃のロングヘアをサラリと手で梳く。
「……行ってきます」
スマホと財布、あとはタオルハンカチとティッシュだけをショルダーバッグに入れ、芳乃は家を出た。
結局暁人を避けるようにしてカフェに行き、スマホで物件情報を見て過ごした。
暁人から貸してもらった金があるので、引っ越しができない訳ではない。
彼から逃れようとするのに、暁人の金に頼らなければいけないのは情けない限りだ。
絶対、何をしてでも暁人に金を返し、少しでもグレースの怒りを解いてもらえるように……と、思い切って夜の仕事の求人なども見てみた。
世知辛いのは、求められているのは十代、二十代が中心な事だ。
芳乃だって二十代ではあるが、夜の仕事をするのに二十八歳と言うと、あまりいい顔をされないのでは……と心配した。
日曜日の夕方に、話だけでも聞いてみようと思い、二十四歳だとサバを読んで面接を受ける事にした。
**
「芳乃、出かけるのか?」
「はい。ちょっと人と会う約束があって」
「……そうか、なら仕方がないけど」
夜の仕事の面接は十六時からで、中途半端な時間に家を出る芳乃を、暁人はいぶかしんでいた。
芳乃は逃げるようにしてマンションを出て、交通機関で銀座に向かう。
少しでも若く見えるように、服は膝上丈のヒラヒラとしたワンピースを選んだ。
いつもはパンツスタイルや、スカートを穿いても膝下丈を選ぶので、自分でも着慣れない。
大学生時代に買った、若い女性に人気のプチプラブランドの可愛いデザインのバッグを持っているのも、今は年齢に不釣り合いに思えて恥ずかしかった。
ロングヘアをおろし、アイメイクは少し濃い。リップもいつもはヌードピンク系の目立たない色をつけているが、今日はベリー系の色をつけた。
全体的に防御力がとても低い気がして、周囲の人の目が気になって堪らない。
誰にも気付かれていないとは思うが、周りから「若作りをしている」と思われないか不安だった。
先日来た時とは違う緊張感で銀座を歩き、雑居ビルに覚悟を決めて入ろうとした時――、グッと手を引かれた。
「え……っ!?」
ギクリとして振り向くと、そこには息を切らせた暁人がいた。
「……どういう、……つもりだ」
荒くなった呼吸を整え、暁人が厳しい声で尋ねてくる。
(どうしよう……)
どう言い訳をしたらいいのか分からず、芳乃は立ち尽くす。
「……人に会うって、友達じゃないだろう?」
呼吸が収まってきた頃、暁人が冷静に尋ねてくる。
それに「はい」とも「いいえ」とも言えず、芳乃は唇を噛む。
「…………面接、で」
絞り出すようにやっと応えると、腕時計を確認した暁人が「十六時から?」と尋ねた。
「はい」
芳乃の返事を聞き、暁人は「断ってくるから、待ってて」と言って店の名前を尋ね、一人で雑居ビルの中に入っていった。
彼に合わせる顔がなく、逃げてしまおうかと一歩足を動かした時、男性の声がした。
「随分不用意な事をしましたね」
顔を上げると、少し離れた場所に見覚えのある男性が立っていた。
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