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5章 翡翠色の玉かんざし
5-4 カピバラ顔のスキンヘッドの弟
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「ガリさん! ガリさん!」
子凛が血相を変えて走って戻ってきた。
「どうしたんや、そんなに慌てて」
「乳ローさんが、キャッチと揉めてるんですよ」
「あのアホが」
と言いながら奇声がする方向に走っていったので、俺も一緒に向かった。思ったよりすばしっこい動きで人の合間を擦り抜けていったので驚いてしまった。そのままの勢いでうっすら円の形をした人だかりに飛び込んでいった。
「お前、ここで声かけしてるんじゃねぇよ」
「あん? 俺がどこで声をかけようがお前には関係ねぇだろ。すっこんでろ、このデブ。俺の目の前に、その醜い図体を晒すんじゃねぇよ」
「んだとコラ、このクソガキ!」
黒いスーツを着たスキンヘッドのデブのキャッチが胸倉を掴んだ瞬間、ガリさんが割って入った。
「二人ともやめろや」
ガリさんとデブのキャッチの視線が交わると、一瞬止まった。
「兄貴……」
えっ。ガリさんのことを兄貴と言った。
「ガリさん、このデブがさぁ、調子に乗ってるからよぉ」
「てめぇ! このクソガキィ」
すぐにガリさんがキャッチを前から押さえ込み、一歩二歩進み、乳ローから離していった。
「わかったわかった。乳ロー、ちょっと黙ってろや」
ガリさんと比べるとだいぶ若く見えるが、カピバラ顔だし、確かによく似ている。スキンヘッドを見ると、おでこの上には5センチほどの傷痕があり、汗でうっすら濡れていた。
「兄貴の知り合いなの? 頼むよ、ここでの声かけは勘弁してくれよ。俺が上に怒られるんだからさ」
「わりぃな。なるべく、ここではナンパしないようにするわ。せやけど、可愛い子が通ったら知らんけどな」
と言うと、ガリさんはニヤッと笑い弟を呆れさせた。
「そういうお前だって路上勧誘の法律があるのに声をかけてええんか?」
「上が警察を丸め込んでるから大丈夫なんだよ。それに、今日は黒服だけど、いつもは私服でナンパ師に紛れてやってるしね」
「はいはい。そうでっか」
と言い放ち、すぐさま乳ローに身体を向けて腰に手を置くと口を開いた。
「乳ロー。キャッチに声をかけられても無視してその場を離れろや。ほんなら、キャッチは追いかけてこないんやから」
「こいつが俺様にケンカを売ってくるから悪ぃんだよ」
「コラッ! キャッチと揉めてナンパがやりづらくなれば、自分の首を絞めるだけやろ」
「わかったよ、ガリさん。お前、命拾いしたな」
と言いながら、人差し指と親指で銃の形をつくり、彼の目の前に差し出した。
「てめぇ、ホント殺すぞ!」
面倒臭くなったのかガリさんが手を離すと、デブのキャッチは動く自由を与えられて手を出すが、乳ローはでかい身体にも拘わらずひらりと躱した。彼は尻餅を搗き、臀部を打ちつけてしまった。
「はいはい。デブはまず痩せなさい。じゃ、ガリさん。またね」
「今日は乳ローと飲みに行かへんで」
「えー、寂しいこと言うなよぉ」
「乳ローが皆に迷惑をかけるから悪いんやろ。一人で飲みに行け」
「ふわぁーい。反省しまぁす」
ふざけた言い方をした乳ローの背中を、ガリさんは腕を組んで「はぁー」と溜息を吐きながら見送った。
咥えていたパイポをポケットにしまい、代わりにタバコを取り出した。すると、弟の目つきが変わった。
「兄貴、タバコはやめろと何度も言ってるだろ!」
「ったく……、しゃーねーなぁー」
すぐさまタバコをしまうと、再びパイポを咥えて上下に動かした。
「健二、キャッチなんか辞めてまともな仕事を探せや」
「金になるから辞められないよ。それに、もっと金を稼ぎたい女たちのためにキャバや風俗やAVを紹介してるだけだろ」
「嘘の口車に乗せて、入れちゃえば後は知らんぷりやろ。それと、他にも何か売りつけてるやろ」
「あれ、言ったっけ? 俺のセールストークが上手なのか、美顔器を一ヶ月で五十台ほど売ったから結構金になったよ」
と言うと、渇いた笑いを漏らし続けている。
「そんな詐欺まがいなことをやってたら心が腐っちまうぞ」
「はいはい、もういいよ。仕事中だから離れてくれないか」
「それより健二、絵は書いてるんやろな?」
「書いてるよ、書きゃあいいんだろ。仕事中なんだよ、また後でな」
ガリさんが歩き始めたのでついていった。振り返ると、健二は太陽の光をスキンヘッドで反射させて輝かしながら人混みの中に消えていった。ガリさんに視線を戻すと、今さっき言われたのを忘れたのか、タバコを取り出して咥えていた。
子凛が血相を変えて走って戻ってきた。
「どうしたんや、そんなに慌てて」
「乳ローさんが、キャッチと揉めてるんですよ」
「あのアホが」
と言いながら奇声がする方向に走っていったので、俺も一緒に向かった。思ったよりすばしっこい動きで人の合間を擦り抜けていったので驚いてしまった。そのままの勢いでうっすら円の形をした人だかりに飛び込んでいった。
「お前、ここで声かけしてるんじゃねぇよ」
「あん? 俺がどこで声をかけようがお前には関係ねぇだろ。すっこんでろ、このデブ。俺の目の前に、その醜い図体を晒すんじゃねぇよ」
「んだとコラ、このクソガキ!」
黒いスーツを着たスキンヘッドのデブのキャッチが胸倉を掴んだ瞬間、ガリさんが割って入った。
「二人ともやめろや」
ガリさんとデブのキャッチの視線が交わると、一瞬止まった。
「兄貴……」
えっ。ガリさんのことを兄貴と言った。
「ガリさん、このデブがさぁ、調子に乗ってるからよぉ」
「てめぇ! このクソガキィ」
すぐにガリさんがキャッチを前から押さえ込み、一歩二歩進み、乳ローから離していった。
「わかったわかった。乳ロー、ちょっと黙ってろや」
ガリさんと比べるとだいぶ若く見えるが、カピバラ顔だし、確かによく似ている。スキンヘッドを見ると、おでこの上には5センチほどの傷痕があり、汗でうっすら濡れていた。
「兄貴の知り合いなの? 頼むよ、ここでの声かけは勘弁してくれよ。俺が上に怒られるんだからさ」
「わりぃな。なるべく、ここではナンパしないようにするわ。せやけど、可愛い子が通ったら知らんけどな」
と言うと、ガリさんはニヤッと笑い弟を呆れさせた。
「そういうお前だって路上勧誘の法律があるのに声をかけてええんか?」
「上が警察を丸め込んでるから大丈夫なんだよ。それに、今日は黒服だけど、いつもは私服でナンパ師に紛れてやってるしね」
「はいはい。そうでっか」
と言い放ち、すぐさま乳ローに身体を向けて腰に手を置くと口を開いた。
「乳ロー。キャッチに声をかけられても無視してその場を離れろや。ほんなら、キャッチは追いかけてこないんやから」
「こいつが俺様にケンカを売ってくるから悪ぃんだよ」
「コラッ! キャッチと揉めてナンパがやりづらくなれば、自分の首を絞めるだけやろ」
「わかったよ、ガリさん。お前、命拾いしたな」
と言いながら、人差し指と親指で銃の形をつくり、彼の目の前に差し出した。
「てめぇ、ホント殺すぞ!」
面倒臭くなったのかガリさんが手を離すと、デブのキャッチは動く自由を与えられて手を出すが、乳ローはでかい身体にも拘わらずひらりと躱した。彼は尻餅を搗き、臀部を打ちつけてしまった。
「はいはい。デブはまず痩せなさい。じゃ、ガリさん。またね」
「今日は乳ローと飲みに行かへんで」
「えー、寂しいこと言うなよぉ」
「乳ローが皆に迷惑をかけるから悪いんやろ。一人で飲みに行け」
「ふわぁーい。反省しまぁす」
ふざけた言い方をした乳ローの背中を、ガリさんは腕を組んで「はぁー」と溜息を吐きながら見送った。
咥えていたパイポをポケットにしまい、代わりにタバコを取り出した。すると、弟の目つきが変わった。
「兄貴、タバコはやめろと何度も言ってるだろ!」
「ったく……、しゃーねーなぁー」
すぐさまタバコをしまうと、再びパイポを咥えて上下に動かした。
「健二、キャッチなんか辞めてまともな仕事を探せや」
「金になるから辞められないよ。それに、もっと金を稼ぎたい女たちのためにキャバや風俗やAVを紹介してるだけだろ」
「嘘の口車に乗せて、入れちゃえば後は知らんぷりやろ。それと、他にも何か売りつけてるやろ」
「あれ、言ったっけ? 俺のセールストークが上手なのか、美顔器を一ヶ月で五十台ほど売ったから結構金になったよ」
と言うと、渇いた笑いを漏らし続けている。
「そんな詐欺まがいなことをやってたら心が腐っちまうぞ」
「はいはい、もういいよ。仕事中だから離れてくれないか」
「それより健二、絵は書いてるんやろな?」
「書いてるよ、書きゃあいいんだろ。仕事中なんだよ、また後でな」
ガリさんが歩き始めたのでついていった。振り返ると、健二は太陽の光をスキンヘッドで反射させて輝かしながら人混みの中に消えていった。ガリさんに視線を戻すと、今さっき言われたのを忘れたのか、タバコを取り出して咥えていた。
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