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エピローグ
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「リチャード! こっちこっち!!」
「う、うえええ……どっち……」
夏のある日。木こりの森小屋のある庭で、目隠しをしたリチャードが四人の子供たちに翻弄されてよろよろと歩いていた。
「ほらほら、大丈夫よ、ちゃんと声を聞いてね」
「お、おかあさあん……」
生成りのシャツにスッキリしたズボンを纏ったダリアが優しく手を叩いてリチャードを励ます。
「いつも遊んでくれてありがとう、これ、ダリアさんたちも飲んで」
ザジはそんな彼らに柑橘を絞った冷たいハーブティーを手渡した。
「ママ! あたしも飲む!」
「「オレたちも飲むー!!」」
「リチャードくんもおいで、めかくしゴブリンごっこ、おしまい」
追いかけっこに興じていた子供たちは乾いた喉を潤そうところころ駆け寄ってきた。そのうちの一人はリチャードの手を引いてゆっくりと歩いてくる。
彼らはオーウェンとザジの子供たち。好奇心の強い女の子エウェン。いたずら好きで瓜二つの男の子たち、オーソンとゾラ。この三人はケイト族の特徴を持って生まれて来た。そしてリチャードの手を引いて歩いてくるしっかり者の男の子エヴァンは一人だけ人間らしい姿で生まれて来た。同じ日に産まれたはずなのに背も高く、うねった黒髪がオーウェンに似ている。
あれから四年経ったが、獣人の地位は別に良くはなっていないので、街に行くときはザジ含む耳と尻尾付きの家族は隠さなくてはいけないのは変わっていない。
「ちゃんとテーブルで飲もう。エブリンおばさんたちがお話してるから、邪魔しないようにね」
ザジが見やったテーブルの方ではエブリン、ライザ、ウィニーの三人が顔をつき合わせて会合をしていた。
「いやまあ、俺もおまんま食いあげたくねえからできる限りでしか協力できねえけど。あんまり小さいのが回されてきたり、買った時点で孕んでるやつとかがいたらちょっとそっちに相談するわ」
「今はそれで充分さ。まさかこの歳で新しいこと始めることになるとは思わなかったけどねえ」
「エウェンが生きてたら、『何言ってんだい!! 今がこれからの自分と比べて一番若いんだからなんか始めるのに遅すぎるなんてことはないよ!!』って言うと思うわよ」
「言いそうだねぇ……」
「用心棒用の奴隷買ってくれよ。安くしとくぜ」
娼館の女主人ライザはエウェン繋がりでエブリンと随分仲良くなり、よく相談ごとを持ってこの森小屋に来るようになった。元々孤児院を開きたいという考えがあったのだが毎日に忙殺されて、時折思い出すだけにとどめていた彼女はエブリンとエウェンの思い出話をしていくうちに、少しでもやれることをやったほうがいいんじゃないか? という考えに至り、今は娼館の他に託児所のような施設を開くために奔走している。
「みなさんがた、そろそろ休憩にしたらどうですかねィ、ビスケットが焼げたんですよォ」
「おーっ!! 俺、アメリアちゃんのビスケットだーい好き!!」
「お手てを洗ってきてくださイねェ」
ウィニーは、何かと理由をつけてここにしばしば来る。どうやらアメリアに懸想しているようなのだ。奴隷商の元締めだということでライザに捕まり、真面目な話に付き合わされていてあまり進展はしていないようであるが。
「いい匂い! ビスケット、ぼくにもくーだーさいっ!!」
「リチャードも手を洗いに行きましょうね」
リチャードが長い腕をばたばたと振りながら、ビスケットを欲しがった。ダリアに促されて、みんなで手を洗いに行く。
リチャードの頭の中の年齢は今大体八歳かそこらあたりのようだ。身体は大人だし、女に言うことを聞かせる能力は失ったわけではないはずなのでまったく不安がないわけではないのだが、今の所あれからずっといい子で、ザジが庵に来たばかりの時に任せられたような梱包のお手伝いなどを率先してやっているらしい。
ダリアはオーウェンと二人で、魔女エウェンの仕事を引き継いでオーウェンの庵を順調に守っている。
リチャードが十二歳くらいになったら、ダリアはお母さんではないという話をして、それからまた今後の関係をどうしていったらいいか考えるそうだ。今のリチャードはオーウェンをおじさんと呼んで慕っているが、かつての関係が理解できているわけではないので未だに仲直りができておらず、オーウェンは庵に入れないままである。いつか、かつてあったことを話して仲直りしなければならないが、今はまだその時ではないから、オーウェン一家はまだまだ借家住まいのままだった。
「オーウェンが帰ってくるのは今日よね?」
焼き立てのビスケットを食べながら、ダリアがザジに尋ねた。オーウェンは、カーラと大きくなった子供たちと一緒にまた船に乗って、ザジの故郷に送り届けに行ったので、ザジたちは今お留守番中なのだ。
「ええ、本当は今すぐにでも港に迎えに行きたいんだけど……」
(アンタ一人であんなとこに立っててみろ、またすぐに攫われるに決まってるだろ。ぼくはもうそういうことでヤキモキするのは御免だよ。チビたちと大人しく待ってな)
出かける前にオーウェンに強めに言い含められて、仕方なくこうやって子供たちと一緒に彼の帰りを待っていると、カーラが主人の帰りを待ち続けて衰弱に耐えられずに身重の体と奴隷紋の暴走に苛まれながら家を出たときのことを思いだして少し怖くなってしまうザジだった。
「ザジちゃん、大丈夫よ。オーウェンは大いなるものにすごく気に入られてるから、何かあってもきっと助かるわ。今までだってそうだったじゃない」
ザジの不安を敏感に察したダリアが、母になっても小さな手をそっと握ってくれた。
「そうですよね。嘘みたいな展開とタイミングで間に合う人だからきっと大丈夫だと思います……」
「おい、かじり木これで足りるか……」
「アランさん、ありがとう。みんな、かじり木タイムだよ」
「リチャードとエヴァンは歯磨きね」
大量の木っ端を抱えてアランがやってきたので、子供たちはかじり木タイムに突入し、ザジは不安を一旦脇に置くことにした。
(あたしもかじろっと。んもう。オーウェン、早く帰ってきて……)
ぼりぼりぼり……。五人で輪になって木をかじっていると気がまぎれるような気がするザジだった。
「……オーウェンおじさん」
リチャードがぽつりと愛しい名前を呟いたので、大きな耳をぴくりと動かしザジが顔を上げる。目を細くして凝らすと、遠くに黒い点が見えて来たようだった。
「……!!」
居てもたってもいられず、ザジは駆けだした。ドアの横に立てかけておいた年季の入った箒がひとりでに飛び出し、ザジと並走する。ぴょんと飛び乗った小さな魔女を乗せて、箒はどんどん加速していった。
「お、ただいまザジ……お? おいっ! おいおいおいおい!!!」
ザジの箒は主人を発射台のように撃ち出して、愛する夫の胸の中に送り届ける。
ドッゴォッ!!!!
「ごっふ!!!」
全身全霊の愛を込めたザジの頭突きを胸の真ん中に食らって、オーウェンは思わず仰け反った。
「げほげほげほ……ぜえぜえ、アンタ。普通にお出迎えできないのかい……嫌だねえ」
「嫌なの?」
「嫌じゃないよ……」
靴のまま箒の上に立っても落ちないように片足をそれ用に開発した留め具で止めていたので落ちたりすることなく、帰ってきたオーウェンはしっかりとザジを抱きしめた。
「オーウェンおかえりなさい、会いたかった!」
「ただいま、ぼくも会いたかったよ」
浮いたままの箒の上で、二人は再会のくちづけを交わす。大森林の木々の葉っぱの一つ一つが、彼らを祝福するかのようにいつまでも煌めき続けていた。
「う、うえええ……どっち……」
夏のある日。木こりの森小屋のある庭で、目隠しをしたリチャードが四人の子供たちに翻弄されてよろよろと歩いていた。
「ほらほら、大丈夫よ、ちゃんと声を聞いてね」
「お、おかあさあん……」
生成りのシャツにスッキリしたズボンを纏ったダリアが優しく手を叩いてリチャードを励ます。
「いつも遊んでくれてありがとう、これ、ダリアさんたちも飲んで」
ザジはそんな彼らに柑橘を絞った冷たいハーブティーを手渡した。
「ママ! あたしも飲む!」
「「オレたちも飲むー!!」」
「リチャードくんもおいで、めかくしゴブリンごっこ、おしまい」
追いかけっこに興じていた子供たちは乾いた喉を潤そうところころ駆け寄ってきた。そのうちの一人はリチャードの手を引いてゆっくりと歩いてくる。
彼らはオーウェンとザジの子供たち。好奇心の強い女の子エウェン。いたずら好きで瓜二つの男の子たち、オーソンとゾラ。この三人はケイト族の特徴を持って生まれて来た。そしてリチャードの手を引いて歩いてくるしっかり者の男の子エヴァンは一人だけ人間らしい姿で生まれて来た。同じ日に産まれたはずなのに背も高く、うねった黒髪がオーウェンに似ている。
あれから四年経ったが、獣人の地位は別に良くはなっていないので、街に行くときはザジ含む耳と尻尾付きの家族は隠さなくてはいけないのは変わっていない。
「ちゃんとテーブルで飲もう。エブリンおばさんたちがお話してるから、邪魔しないようにね」
ザジが見やったテーブルの方ではエブリン、ライザ、ウィニーの三人が顔をつき合わせて会合をしていた。
「いやまあ、俺もおまんま食いあげたくねえからできる限りでしか協力できねえけど。あんまり小さいのが回されてきたり、買った時点で孕んでるやつとかがいたらちょっとそっちに相談するわ」
「今はそれで充分さ。まさかこの歳で新しいこと始めることになるとは思わなかったけどねえ」
「エウェンが生きてたら、『何言ってんだい!! 今がこれからの自分と比べて一番若いんだからなんか始めるのに遅すぎるなんてことはないよ!!』って言うと思うわよ」
「言いそうだねぇ……」
「用心棒用の奴隷買ってくれよ。安くしとくぜ」
娼館の女主人ライザはエウェン繋がりでエブリンと随分仲良くなり、よく相談ごとを持ってこの森小屋に来るようになった。元々孤児院を開きたいという考えがあったのだが毎日に忙殺されて、時折思い出すだけにとどめていた彼女はエブリンとエウェンの思い出話をしていくうちに、少しでもやれることをやったほうがいいんじゃないか? という考えに至り、今は娼館の他に託児所のような施設を開くために奔走している。
「みなさんがた、そろそろ休憩にしたらどうですかねィ、ビスケットが焼げたんですよォ」
「おーっ!! 俺、アメリアちゃんのビスケットだーい好き!!」
「お手てを洗ってきてくださイねェ」
ウィニーは、何かと理由をつけてここにしばしば来る。どうやらアメリアに懸想しているようなのだ。奴隷商の元締めだということでライザに捕まり、真面目な話に付き合わされていてあまり進展はしていないようであるが。
「いい匂い! ビスケット、ぼくにもくーだーさいっ!!」
「リチャードも手を洗いに行きましょうね」
リチャードが長い腕をばたばたと振りながら、ビスケットを欲しがった。ダリアに促されて、みんなで手を洗いに行く。
リチャードの頭の中の年齢は今大体八歳かそこらあたりのようだ。身体は大人だし、女に言うことを聞かせる能力は失ったわけではないはずなのでまったく不安がないわけではないのだが、今の所あれからずっといい子で、ザジが庵に来たばかりの時に任せられたような梱包のお手伝いなどを率先してやっているらしい。
ダリアはオーウェンと二人で、魔女エウェンの仕事を引き継いでオーウェンの庵を順調に守っている。
リチャードが十二歳くらいになったら、ダリアはお母さんではないという話をして、それからまた今後の関係をどうしていったらいいか考えるそうだ。今のリチャードはオーウェンをおじさんと呼んで慕っているが、かつての関係が理解できているわけではないので未だに仲直りができておらず、オーウェンは庵に入れないままである。いつか、かつてあったことを話して仲直りしなければならないが、今はまだその時ではないから、オーウェン一家はまだまだ借家住まいのままだった。
「オーウェンが帰ってくるのは今日よね?」
焼き立てのビスケットを食べながら、ダリアがザジに尋ねた。オーウェンは、カーラと大きくなった子供たちと一緒にまた船に乗って、ザジの故郷に送り届けに行ったので、ザジたちは今お留守番中なのだ。
「ええ、本当は今すぐにでも港に迎えに行きたいんだけど……」
(アンタ一人であんなとこに立っててみろ、またすぐに攫われるに決まってるだろ。ぼくはもうそういうことでヤキモキするのは御免だよ。チビたちと大人しく待ってな)
出かける前にオーウェンに強めに言い含められて、仕方なくこうやって子供たちと一緒に彼の帰りを待っていると、カーラが主人の帰りを待ち続けて衰弱に耐えられずに身重の体と奴隷紋の暴走に苛まれながら家を出たときのことを思いだして少し怖くなってしまうザジだった。
「ザジちゃん、大丈夫よ。オーウェンは大いなるものにすごく気に入られてるから、何かあってもきっと助かるわ。今までだってそうだったじゃない」
ザジの不安を敏感に察したダリアが、母になっても小さな手をそっと握ってくれた。
「そうですよね。嘘みたいな展開とタイミングで間に合う人だからきっと大丈夫だと思います……」
「おい、かじり木これで足りるか……」
「アランさん、ありがとう。みんな、かじり木タイムだよ」
「リチャードとエヴァンは歯磨きね」
大量の木っ端を抱えてアランがやってきたので、子供たちはかじり木タイムに突入し、ザジは不安を一旦脇に置くことにした。
(あたしもかじろっと。んもう。オーウェン、早く帰ってきて……)
ぼりぼりぼり……。五人で輪になって木をかじっていると気がまぎれるような気がするザジだった。
「……オーウェンおじさん」
リチャードがぽつりと愛しい名前を呟いたので、大きな耳をぴくりと動かしザジが顔を上げる。目を細くして凝らすと、遠くに黒い点が見えて来たようだった。
「……!!」
居てもたってもいられず、ザジは駆けだした。ドアの横に立てかけておいた年季の入った箒がひとりでに飛び出し、ザジと並走する。ぴょんと飛び乗った小さな魔女を乗せて、箒はどんどん加速していった。
「お、ただいまザジ……お? おいっ! おいおいおいおい!!!」
ザジの箒は主人を発射台のように撃ち出して、愛する夫の胸の中に送り届ける。
ドッゴォッ!!!!
「ごっふ!!!」
全身全霊の愛を込めたザジの頭突きを胸の真ん中に食らって、オーウェンは思わず仰け反った。
「げほげほげほ……ぜえぜえ、アンタ。普通にお出迎えできないのかい……嫌だねえ」
「嫌なの?」
「嫌じゃないよ……」
靴のまま箒の上に立っても落ちないように片足をそれ用に開発した留め具で止めていたので落ちたりすることなく、帰ってきたオーウェンはしっかりとザジを抱きしめた。
「オーウェンおかえりなさい、会いたかった!」
「ただいま、ぼくも会いたかったよ」
浮いたままの箒の上で、二人は再会のくちづけを交わす。大森林の木々の葉っぱの一つ一つが、彼らを祝福するかのようにいつまでも煌めき続けていた。
応援ありがとうございます!
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